ブックドクター・あきひろのイチニチイチゴン
一日一言 〜千夜一燈 ver.〜

諺「長者の万燈より貧者の一燈」

貧しい人のわずかな志は誠意のこもっている点で、たくさんの志よりもまさっている。
形式よりまごごろの尊さをいう。
                       一日一言 〜千夜一燈 ver.〜 

諺「長者の万燈より貧者の一燈」

貧しい人のわずかな志は誠意のこもっている点で、たくさんの志よりもまさっている。
形式よりまごごろの尊さをいう。

 
 5月  31日 No.1850

親と一緒に、我が子がご飯を食べてくれるのは、ありがたいことである!

 講演の中で僕が、そのうち親は、我が子とメシが食いたくても、子どもの方が食うてくれやんようになるんやから、今、一緒に食べられてるんなら感謝せなぁ(笑)!と言った。
 講演が終わったとき、その小学校のお母さんが、うちの子どもは、よく学校の先生に叱られているみたいです。私なんか、担任の先生より、もっと叱っているんだけど(笑)、夕食のとき、まだ、私と一緒にご飯を食べてくれてるから、ほんとに 今日のあきちゃんの話聞いて、感謝せなって思いましたわぁ(ウフッ笑)と言ってくれた。
 今日は なんか子どもさんの好物でも作ってあげてぇーと僕が言ったら そうします!と言って帰られた。
 一人で食べるメシは なんか味気ないような気がする。まして、僕は、家の中でなんで一人で食べなきゃいけないんだろう?と思ってしまう。
 我が子と メシを「うめぇーな」と一緒に言いながら食べるメシは、毎度ありがたいなぁと思っても、親としてバチはあたらないだろう(笑)。


 5月  30日 No.1849

子どもたちの回りの大人が、子どもたちの回りの大人と、もめてどうすんの!

 子どもたちは、自分たちの回りの大人も、自分たちにいつも言っているように「人と仲よくしなさい!」を、実践してほしいと願っている。
 つまり、大人もさぁ 大人同士 仲よくしてよって言いたいのである。
 子どもたちを心配する親の気持ちが 意見の相違を生み、悪口を言い始め、子どもたちのクラスの中まで 親の構図の敵味方に 分かれてしまう。
 なんか、大人のもめごとに 子どもたちが つき合いたくもないのに つき合わされてしまって 大人のために 学校に行くのが どちらの大人の子どもも 足が重くなってしまう。大人のもめごとに 子どもたちを巻き込まないようにするためには、PTAの役員を決めるときに、いつもやっている「ゆずり合い」を応用すればいいんじゃないかなぁ・・・・・・。
 肝心なときは、あの「ゆずり合い」ができず 「なすり合い」をするから 子どもたちを巻き込んでしまうんだよなぁ。まったく大人ってヤツは、何をもって「大人」と言うんだろう・・・・・・。ひょっとして 体のおっきいシワの濃いガキなんじゃねぇの(笑)!


 5月  29日 No.1848

人が人に魅きよせられるのは、神話の代から命がけの「笑い声」にあるのさ!

 山田 泉こと 山ちゃんの講演を聞いた。
乳癌と闘う日々を送りながらの講演をつとめ、会場は 持ち前の明るさで「笑い声」の渦と化す。山ちゃんは根っからの先生なのかもしれない。抗ガン剤を打ちながら、「伝えること」に専念する。延命の道をなぜ選ばなかったのかの理由を 面白ろおかしく伝える。その命を削りながらの言魂は、一言一言に山ちゃんの感受性が捉えてきた重みがあり、だまっているときは 深みが増す。それでいて、ガンの告知を受けたときの 苦しい話を楽しく、辛い話をさわやかに、伝える。
その姿の すべてが 僕の実戦学習だった。ほんとに、健康のうちに、実践ではなく、実戦を想定して、僕も日々、日本中を翔けなければと思った。
それでいて あの明るさ あの 笑い方!

あはっはははかっかっかぁー・・・・・・

 山ちゃんの命のあかりに 多くの人が集まり あの笑い声に 人が魅きよせられる!
まちがいなく僕も その一人だと自覚している!

山ちゃん、あの姿は、神話に出てくるアメノウズメノミコトみたいやったでぇー!



※山ちゃんに魅かれた人は、高文研から出ている
☆ 「いのちの授業」をもう一度
☆ いのちの恩返し
を 読んでみてくださいな。
命がけの明るさに、きっと心にあかりが灯るんやないかなぁ・・・・・・。


 5月  28日 No.1847

子どもはほっといても、親から受け継いだモノが出てしまう!

 親になると 自分の子どもが、自分と似ているところがほっといても出ていることに気がつくことがある。 教えていないのに それが出ている。イヤなところも イイところも(笑)。
 それが 子どもが受け継いでくれたところ。
 それを出ないようにしつけようとしたって、DNAレベルからしつけないと 出ないようにはならない。
 親は 我が子を見ながら楽しむしかない。自分が小学校のときは、こんな感じだったんだろうなとか、自分が高校ぐらいのときも こんなぶっきらぼうだったんだろうなとか 投影して自分を見つめなおしていく。
 夫婦で 上の子の ここの部分は あんたそっくりょとか、下の子には おまえの大部分が入っているとか 言いながら楽しむのも イイと思う。
 そんな我が子がいずれ親になれば その親の意思まで ものの見事に受け継いでくれることになるのさ(グフ笑)。


 5月  27日 No.1846

子どもと親は、助けたり救けられたりで、ちょうどイイ!

 子どもが、高校生の息子や娘さんになる親御さんは、何かと言えば、おこづかい以外にも、お金をせびられていることでしょう(笑)。
 息子や娘は、そのときのお金がどれだけ助かることか・・・・・・。部活の帰りに 仲間と駄菓子屋でジュースを飲みながらワイワイの つき合いができたり ちょっとだけ高い方の服やジーパンが買えたりと 多方面で助かるのだ。
親御さんとしては 厳しくいきたいところだが 息子と母 娘と父の間では その厳しさもかなり甘くなりがちである(笑)。
 だが、そんな親御さんも お父さんがいないときに、息子がいてくれて、ほんとに救かることも いく分か増えてきたり、娘さんが授かっていたおかげで サッと手になる動きをしてくれて救かる局面が増えたり、息子や娘を授かっていたおかげで、つまらないことで夫婦ゲンカをしなくて済み、一緒に笑っていられるのも息子や娘のおかげだと、つくづく、親の方も救われていることを感じるようになったとき、
 “助けたり救けられたり”
 の意味を噛み締められるだろう・・・・・・。


 5月  26日 No.1845

ちょっとほほ笑んでみる。笑ってみる。大笑いしてみる。すると、忘れかけていた人間らしさが戻ってくる!

 ステキな出会いにはほほ笑みがつきものである。
 だが普段、仕事か付き合いかで、初対面の人に会うときは、自分の苦手なタイプがくる可能性がある。
 自分には、初対面の人と会うのに、あまりこだわりがないので気にならないって人は 別にかまわないが、人見知りしてしまう人や過去に心にキズをおってしまった人などは、できれば好みのタイプ、そうでなくとも気が合う人と出会いたいであろう。
 でも 苦手なタイプな人が来てしまう場合がある。
 そんなときに、ほほ笑んでみてほしい。
 最初は苦手なタイプと思っていても、話をしながらほほ笑んで聞いたり返答していくうちに 声をあげて笑い始め、終わるころには 大笑いしたり 大爆笑の渦になるような ステキな出会いになることが多いからだ。
 僕は、それを「ほほ笑みの効力!」と呼んでいる。
 帰り道、ふと しばらくこんな気分を味わったことがあかったなぁと気がつくこともある。
 そのとき、忘れかけていた人間らしい感覚を思いだせることだろう・・・・・・。


 5月  25日 No.1844

次から次に勝手に期待をかけて、勝手に残念がるなょ!

 ある小学校の校長先生の一言に ど頭にきた。
 「ここの小学校に来る子たちは、何を期待しても裏切られるので諦めてました。あはははは。まさか、あきひろさんの読みきかせを あんなに うちの子たちが集中して聞くなんて。いやぁーさすがプロの方ですね。さすがさすが。これで少しは、あの子たちも、お金をかけたうちの図書室に行って本を読む子が増えてくれるかな。あははは。以前にここの子たちにうさぎ小屋を立ててあげたら・・・・」。次から次に身勝手な期待をかけて、成果がでなかったことを述べやがって。
 「みんな死なせてしまいダメでした」「次に・・・・それもダメでした」と。
 私は校長としてやるだけのことはすべてやってきているのに、ここの子たちにはそれを活かそうとしないことが残念だ、物を壊しりして期待を裏切られとても残念である的スタイルで話し、最後に高笑い。
めっちゃムカついてきた。こいつこれでも校長か。
 僕は おやじが逝く前の約束で 「できるだけ怒らんように堪えたれ!」を実践してきてる。頭に来ても冗談の中に本音を入れて言える工夫もしてきた。
 それでも こういうヤツは一回、キャーンって終めたなる。顔も悪人顔やし、いつも勝ち戦側に、媚びへつらってついて行く人間の異臭がプンプンする!
こんなヤツにも、堪えたらなあかんのか、おやじ。怒鳴ったらあかんのか、おやじ。

 「堪えたれ!」

 クソーッ!!!

 「がははは。あきひろさんどうしました?」

 「いやー、さっきから校長先生が花さかじいさんに出てきた となりのおじいさん そっくりやなぁと思いながら見てたんですわぁ、がはははは。ほんま、横から見てたらそっくりでっせ、校長先生。どんなじいさんか見たかったら、その銭かけた図書室に行って見てきなはれ、校長先生。貸出率もあがるし、がははは。そのおじいさん、いつも身勝手な期待をするもんやから、期待とまったく反対の未来がやってきて裏切られよるんですわぁ、がははは。僕はブックドクターとして、今の校長先生に、ぴったりの絵本やと思いますわぁ、がははは。ほな、俺は今から枯れ木に花でも咲くか、試しにいきますわぁ、がはははは。失礼しまーす、がははは」

 校長先生、銭がかかってる図書室行って、見に行ってくれるかなぁ・・・、がははは!
 あっ、今、僕、身勝手な期待を校長先生にしてしもたかなぁ(笑)。でも、どうせ身勝手な期待は裏切られるで、別にええかぁ(笑)


 5月  24日 No.1843

子どもたちは、ことあるごとに、親に分かってもらおうとしている!

 親になると 自分が子どものころの気持ちを忘れがちである。まして、我が子が何かやらかしたときは 微塵も子どものころの気持ちを思いだせない。怒っているときはなおさらである(笑)。
 でも、子どもは 常に 親に分かってもらおうとしているのだ。かつての自分がそうだったように!
 言い訳の余地すら与えられず 一方的に怒られたときの、あの「何でいつも いきなり 怒るんだょ! 理由があったんだょ! ただ 上手くいかなかっただけじゃねぇかぁ! 親を心配させることになるとは これっぽっちも 俺だって思ってなかったんだょ! 分かってくれょ〜!」という気持ち。
 どの家の我が子も あのころと同じ気持ちを抱いている。

 分かってくれょ〜 お父さん!
 お願いだからさぁ〜 分かってくれょ〜 お母さん!

 親が 我が子の気持ちを分かりたいと、何もない普通のときは 思っていることなど 知るよしもないだろう。
 だから こそ、我が子が、何かやらかしたときほど、親の方が 分かろうとして聞いてあげたいものょ。


 5月  23日 No.1842

人間は想像力を持っている唯一の動物なのに、それを上手く活かす人は少ないのさ!

 想像力があるばかりに、人は そうなってほしくないことを想像して まだ 起こりもしないうちから悩む。
 悩んで そうならないために 想像力を使って、そうならないことを想像しようとする。だが そうならない想像は ちっとも出てこない。代わりに もっとひどいことを想像する。
 これでは せっかくの想像力を活かしきれていない。
 想像力を活かすためには叶う叶わないを別にして成功例を想像したり 夢を想像したり ロマンを想像したり 野望を想像したりする。
 具体的には 造形物の完成を想像する。
 宇宙の果てを想像する。
 最初の人間を想像する。
 これから1000年後の地球を想像する。
 いろんなことに対して、自分にプラスになるような想像をするために想像力はある。
 最悪の事態に備えるために 想像力を使うのではなく どんな情況からでも 自らをプラスに導くために想像力を活かすのである。 想像力を活かせば 自分でも気がつかなかった新しい自分をも 想像することができるのだから(笑)。


 5月  22日 No.1841

幼い子は、自分の気にいっている物ほど、よく持つ。すると、その物の形が変わっていく(笑)

 友達の家に泊めてもらった。その友達だちには5才の女の子と4才の男の子が授かっていた。女の子のお気に入りの物は ドライブに行ったとき ドライブインで おじいちゃんに買ってもらった タオル生地の ドキンちゃん。男の子のお気に入りは ゴーオンジャーの車。僕が泊めてもらう前の晩に 女の子のドキンちゃんの口がちょっとさけた(笑)。男の子の車は 横のサイドガラスを どう走らせれば割れるのか分からないが とにかく割れた。翌く朝、友達と一緒に幼稚園や小学校を回って、夕方に、戻ってきた。玄関を開けたら 廊下に 耳が4つになったドキンちゃん(笑)、すべてのガラスが割れた車で 遊んでいた(笑)。
 お気に入りの物が日々 形を変えていく。 このころの子たちは それも、めっちゃくちゃ面白いのかもしれない。
 どれだけ形が 変わろうが気に入ってる物は 良く持つ。だから 壊すつもりはないのに さけたり、割れたり、壊れたりする(笑)。
 それが 幼い子たちのお気に入りの物の大事な扱いになってしまうという一つの現れであろう。


 5月  21日 No.1840

子どもは、アニメの主人公と一体になれるからすごい(笑)!

 ある神話の発祥の地の小学校で、小学校2年のやんちゃ坊主と、6年のやんちゃ娘に出くわした。
 2年の坊主は 一週間のアニメの主人公は すべてやってのけた(笑)。特にワンピースのチョッパーの成りきり方は大笑いしてしまうほど、声、姿が、そっくりだった。
 その坊主の演技が終わると みんなが6年生のいる後ろの方を見た。するとショートカットの女の子が「わかったわかった、やっちゃるから」と言いながら立つと、プリキュア5人衆を これまた見事 一人五役をこなした。跳躍力があるため、その子がジャンプすると 下級生たちは ウワァーすごかぁねぇー を連発した(笑)。
 せっかく絵本を読ませてもらってごきげんだったのに、2年生の坊主と6年の女の子に持っていかれたので、大人気ない43ちゃいの僕も 負けじと「千と千尋の神隠し」の、かえるの番頭がカオナシに金を欲しがるところを演じて 取り換えしてやったら、めっちゃくちゃ二人とも くやしがっていた(笑)。
 最後に「おまえら かなりやるけど まだまだやの!」って言ったら 全校生徒を敵に回してしまい 元気の良い罵声をいただいた(大笑)。
 ほんとは 僕なんか 全然かなわぬほど 二人のアニメへの陶酔の仕方は 神がかった感性で、すごかった。 その感性を持ったまま でかくなってくれょ〜(笑)。
 大人になったとき、その演技力を使って、神話をやって、未来の子どもらを魅了してあげたら最高やで、きっと!


 5月  20日 No.1839

人との巡り逢いは、長い短いをつきぬけるから たまらない!

 ある人から 人を紹介され、意気投合してバカ話に花が咲きまくった(笑)。
 5時間ぐらいさんざんしゃべった帰り際に、彼が「こういう 巡り逢いが マスター以外にまたあるなんて 思っても おらんかったとょ。よか日でした」と言った。彼が 「ご縁」と言わず 「巡り逢い」を使ったのには訳がある。5時間しゃべっていた中で彼は、彼と僕を引き合わせたA氏と彼が巡り逢っていたことを いたく感謝していた。彼がA氏と会ったのは、彼の会社の営業エリアが拡大されたことにあった。しかし当時、営業成績が悪かった彼は、新しいお店に営業に入って交渉することが「また断られるんじゃないか」といつもビクビクして怖かったらしい。それでも営業はしないといけない。怖いながらも、営業していたある日、A氏のお店に入って、新商品の営業を説明しようとしたとたん A氏から今までにない断られ方をされたあげく、彼の会社の批判や彼自身の覇気の無さ、人間否定までされ A氏にぼろくそ言われたのだ。そのとき 自分の体の中から自分の知らない自分が飛び出してきて、A氏に向かって、泣きじゃくって 思いのたけをぶつける自分が現れたらしい。A氏は、泣きながら「これ一つでいいですから採用してください」と言う彼の姿にほだされたらしい。それ以来20年、今や、彼の会社の商品の7割をA氏はお店で使っているらしく、彼も今は その会社の営業部長を務めているらしい。片方はがんこな者のお店のマスター、片方はジリヒン営業マン、そんな彼らが 今は 片方は話のわかるお店のマスターとなる日々を巡り 片方はジリヒン営業マンから トップセールスマンを経て 今や営業部長として激務の日々を楽しめるまでになった巡りを向かえての、僕との巡り逢わせだった。
 僕は、彼に よか日でしたと言ってもらって良かったのだろうか?と思った。
 だって僕の巡りは天の邪鬼でいいかげんが鉄則の日々を送ってきての「巡り逢い」なんやから(笑)。


 5月  19日 No.1838

子どもの言い分を聞くのは、言葉足らずになりがちだから、想像力を働かせて聞いてあげないとね!

 僕がファミレスに入ってコーヒーを飲んでいたら、お母さんが「さっきから、何がいいたいの!」を繰り返し言っているのに気がついた。そこには3,4才ぐらいの男の子と、そのこ綺麗なお母さんとおばあちゃんが座っていた。
 男の子は泣きそうな顔をして「ぼくがね・・・・・ぼくがね・・・・・くるまのねぇ・・・・」までは言えているんだけど 次の言葉が出てこない。本人の頭には絵は出ていそうなんだけど、それが何ていう物なのか、その名称がわからないもんだから、本人も「ぼくが・・・」までで、止まってしまっている様子だった。
 お母さんは「なに、もう帰りたいの?」「車の中のジュースは、さっきもう、飲んだでしょう?」とか聞くんだけど首を振るばかり。
 最終的に男の子が何をしたかったのかと言うと その男の子は 車に行って お母さんのために ポーチを取ってきてあげたかったのだ。多分、そのお母さんは、外で何かを食べるときは、必ずポーチを持ってきて、あとでトイレでお化粧なおしをするんだろうと思う。それなのに今日のお母さんは そのポーチを持って来ていない。お母さんがそのポーチを車の中に忘れていることに気がついた男の子は 気を利かせてカッコよく取ってきてあげたかったのだ(笑)。
 でも そのポーチが出てこなかったんだね(笑)。
 僕がレジで会計をすまそうとしたとき、男の子はお母さんを連れて外に出ていった。会計をすませて車に戻ってきたら、僕のとなりのワゴン車に その男の子とお母さんがいて、お母さんが「ああー、このポーチを取りに来てくれようとしてたのね。今日は もういいの。このあと誰にも人に会わないから。しかし、良く見てるわねぇー」と男の子に言いながら店にまた入っていった(笑)。
 子どもの言い分を聞くのは 大人の想像力をフル稼働させないと、その子の小さな気持ちをくんであげられないからね(笑)


 5月  18日 No.1837

方言っていいなぁ!!☆
方言ひとつでみんなが和むから(笑)

 その土地の子どもたちの方言を聞くのはほんとにおもしろい。
 知らないという言葉ひとつでも「知らんけん」「知りゃーせん」「知んもん」「知らんじゃもぉー」「知らんとって」「知りおらん」「知りもはん」「知れん」「知ろがい」「知らん」「知っちょらん」「知ー無(む)ん」などなど、日本中回っているとその土地の子どもたちから なんともまぁー味のある方言を聞ける。
僕が
 神さまはいつも君らの心におること 君らは知っとるぅ?
と聞くだけで 子どもたちから大量の方言をいただける(笑)。

 その方言をもったまま大人になってほしい。
その方言を東京シティーで浴びせ倒してあげてほしい。


 5月  17日 No.1836

信頼するかしないか 信頼できるヤツかどうかは、すべて自分の問題!

 人とのつき合いが 浅い人は 当然 信頼関係も浅い、なーんて思っている人は 思っているあなたこそ、人を見る目が浅い。まだまだ人ズレしていない。人のつき合いが浅かろうが 初対面だろうが まだ出会っていない人だろうが 自分が あの人は 信頼できると思えば 信頼しうる人物ということ。
 自分が気になっている人を信頼したいけど裏切られるのが怖いからと信頼しきれないでいるなら、それは自分に信頼しきる「勇気」がまだ持てないのであろう。子育ても親は我が子から100回裏切られても、年がくえば我が子を信頼しきるしかない、あれと同じである。自分の目が肥えてしまえば信頼は自分の問題だと気づくはず。多くの人は 最初から裏切るようなマネをするつもりはないはず。このことを理解できるなら、もし、信頼しそこねても、相手方は 自分じゃない 誰かを信頼してついていったために、自分を裏切ることになったのかもしれない、まで想像を及ぼしてまであげられる。裏を返せば 自分が向こうに信頼されていなかったということ。
 今は、みんなが思っている信頼されるようなことを自分は半信半疑のままする人や または あの人みたいになるのがイヤだから、ああいう信頼されないなことはしないでおこうという人の、信頼関係ほど 人伝えで聞いた「あの人は信頼できる!」を信じて 信頼関係を組もうとする人が増えた。
 自分の感性や体験から人を見る目を肥やし自信がもてれば 信頼するしないは 常に自分の問題として心に踏まえられるようになる。
 キズつくのが怖いうちは 人を見る目に自信なんか、なかなか持てないから難点になるんだけどね!

 信頼するしないは人にあらず 己の内(なか)にあるべし!

 昔の侍は いい言葉を遺すね!


 5月  16日 No.1835

賢い親ほど、どうも、言うべきときまで、言うべきことを言わずに、待てるようだ!

 ある地区の講演が終わって スタッフのみなさんと お茶をしばいていた。
そのとき、賢い子の話があがった。誰と誰が賢い子で 誰んちの子は「あきちゃんみたいに悪い子」と言っていた(笑)。
そこで僕が「じゃあ 賢い親は だれ?」と聞いたら みんなが指をさして、その場にいたAさんと言った。
 そのAさんちの子が僕みたいと言われたクソガキらしい(笑)。
さらに「Aさんのどういうところが みんなは賢い親と思うの?」と聞いたら
みんなが口々に「Aさんは 子どもが悪さしても 諭すって感じだから」と言った。
 そこで直接 Aさんに「みんなに これだけ統一したイメージを与えてる諭し方って どないしてんのぉ?」と聞くと
 Aさんが「私だって ちゃんと 叱ってるわょ(笑)。ただ うちの子は あきちゃんと一緒で 言うことを聞く玉じゃないの(笑)。それに、どれだけ外で怒られてこようが、本人しか分からない失敗をしてこようが 明るいから よく言いそびれるのょ、つまり、言うべきことを 言うべきときに言いそびれるもんだから 言うべきときがくるまで待つしかないかぁって なっちゃったのょ(笑)
 だから何も諭してないの。言うべきときを虎視眈々と待ってるだけょ。まぁ、それまでは、あの子が明るけりゃあ まぁいっかって感じよぉー(ウフ)」
 一同「へぇーっ(へぇー)」と言った(笑)。そのあと「よく それでも待てるわよねぇ。私なんか絶対ムリ!」「私も。動く前に山ほど言ってても、まだうちの子は足りないぐらい(笑)」などなど

 Aさん以外は 我が子には賢い子になってもらいたいらしいが 自分たち親は賢い親にならなくてもいいらしい(笑)。
 Aさん、仲間のみなさんを その賢さでこれからも、感化してあげてください(笑)。

 子どもたちのためにも・・・・・・


 5月  15日 No.1834

子どもたちは、怒り顔も 泣き顔も 笑い顔も良く似合う!

 僕が絵本を読みに来るというのでお母さんが車に我が子を乗せてゾクゾクとやってきた。
 僕は 少し早や目に着いたので その様子をたっぷり見させてもらった。
赤い軽自動車から 赤いTシャツを来た女の子が顔を真っ赤にして怒り顔で降りてきた。
 青色のメタリック車からは ブルーの単パンをはいた男の子がワァーワァー声をあげながら 泣き顔で降りてきた(笑)。
 白の軽自動車から ぎゃはははーと男の子の兄弟が笑い顔で飛びだしてきたかと思えば、隣りに白のベンツから 白のワンピースを来た女の子が 髪をなびかせながら 微笑み顔で降りてきて、その兄弟のお兄ちゃんの方に声をかけ、最高の笑顔で 手をつないで下駄箱まで歩いていった。あれば もう デートだった。
 どの子の表情も その子にピッタリの表情を見せてもらった。
気合いの入った僕は もちろん 子どもたちの表情を 色採りどりの笑顔の花で飾らせていただいた。
 おっさんに、色んな表情をくれてありがとうなぁ!(笑)


 5月  14日 No.1833

子どもに声をかける大人が減ったなぁ!

 地方遠征に行くと、必ず、日本中の子どもたちに声をかける。
 ところかまわず声をかける。コンビニで、たばこの自動販売機のそばで、堤防で(笑)。 
 「知らない人に声をかけられてもついていかない!」を、どこの小学校でも徹底指導しているこの時代に声をかけるのは勇気がいる。いや、僕の場合は勇気はいらないが どれだけ子どもたちに無視されつづけても声をかけつづける根性がいる(笑)。まして、僕みたいな天使が声をかけているのに、どこの地区の子も 必ず 僕をパッと見るなり、走りさって行く子が4,5人いる(笑)。なめてんのかぁ!(笑)
 でも、めげずに声をかけていると、中にはいろんなことを教えてくれる子と出会える。今日も 出会えた。その子が 自分の地区に起こっているいろんなことを教えてくれた。「最近、ここで変質者が出るってお母さんがいいよるんょ。おじちゃんのツレ?」って問われたときは大笑いした。話はじめて15分ぐらいしかたってないのにくだけた問い掛けができる子だった。
 最後にその子に向かって僕が「今日は 君をさらいに来たんやけど 君にいろいろ教えてもらったから 今日はおっさん 君をさらわずにおとなしゅう帰るわぁ(笑)」と言ったら その子が「オレもおもしょかった。なかなか、知らんおいちゃんから、オレ、声かけてもらえへんから(笑)。そんで ほな いつオレをさらいに来てくれる?」と言った。
 そのセリフと裏はらに、また声かけてね!って言われたような気がした。
よし、明日も その地区の 土地っ子に声をかけるとするかぁ!
未来の大人は、意識なんかしなくても、子どもには自然に声をかけられたらいいなぁと思う。


 5月  13日 No.1832

モンスターペアレンツって、自分は化物と思ってないんだよなぁ(笑)

 モンスターペアレンツって言葉ができて約5年。
 僕が小学校のときも、モンスターペアレンツはいたょ(笑)。信じられないほどアクセサリーをつけてピンクのヒョウ柄にオレンジのカーラー巻いたまま、自転車の前と後ろに子どもを乗せて町の中を走ってた(笑)。僕らはそのおばはんのことを「妖界カーラー」と読んでいた(笑)。
 今は、そのモンスターペアレンツがむちゃくちゃ増えただけ。
 モラル観、マナー観、道徳観、信じられない行動と発言、信じられない価値観など、どこの親も、うちとそんなに変わらないでしょってなもんょ(笑)。  そんなモンスターペアレンツもただ一つ 変わらない想いを持っている。
それは 我が子がかわいいってこと!
 ただ ずいぶん 昔の親とは かわいがりかたや、心配の仕方が変わったけどね!
 子育ては、30年後サイクル。
 とすれば また 30年後 今のモンスターペアレンツにかわいがられて育った子どもたちが親になるころ、新たな化け物がこの世で我が子をかわいがるにちがいない(笑)。


 5月  12日 No.1831

子どもの才能を見抜くことに長けているのは子ども!
子どもの才能を引き出すのに長けているのはお年寄り!

 車で走っている最中に携帯が鳴った。愛車トゥデイちゃんを道わきの金網フェンス沿いに止めて携帯に出た。要件が終わって携帯を切ってふと見ると フェンスの向こうで中学の野球部が練習していた。灰皿を持って車を降りて しばらく見ることにした。3人がフリーバッティング練習をしていた。その中の一人がものすごい飛球を連発していた。「あいつのバントすごいやろ!」と声がしたので見ると野球帽をかぶったおっさんが立っていた。「ああ、あの真ん中で打ってる子やろ?あの子すごいなぁ、スカウトくるでぇー」と僕が言うと、「ちゃうがな その右どなりのバントしてるやっちゃ。軟球やのに、あれだけ正確に球を殺してバントしとる。あいつはすごいでぇー」と言った。すぐ見ると ほんとに正確にバントを一塁側のファーストとピッチャーのあいだぐらいにころがしていた。
 そのおっさんを良く見たら、日に焼けたおじいさんだった。そしておじいさんはこう言った。
 「昔から子どもは子ども同士 誰が一番 野球の才能を持ってるかすぐ見抜きよる。でも まだまだ目が肥えとらん。ほんまに 才能があるんは あのバントしてる子や。あの子は すごい!」と、言ってベンチの方へ歩いていった。
 しばらく見てたら 真ん中の子の打球がレフトオーバーになり レフトの子が僕のすぐそばまでボールを取りにきたので声をかけた。
 「なぁ、この中で一番すごいのは誰?誰が一番野球がうまい?」
 「今、真ん中で打ってる先輩っす。大人の人たちはみんな 右でバントしてるヤツがうまいって言います。あいつは 自分と同じ2年です」と言ってポジションへ戻っていった。
 おじいさんの言う通さりかも。
子ども心なりに誰が一番上手くて 目が肥えてる人が見るとと早い打ちから 子どもの隠れた才能を 引き出してしまうのかも、と!。

ナイスバッティング!

ナイス バント!

がんばれ 野球小僧!


 5月  11日 No.1830

回を重ねるごとに深まっている、と感じられる あなたの感性こそ、深いのさ!

 ある宗教学者の講演会に参加してきた。
 その人の名は、山折哲雄という。
 この人の本は、古本屋で見つけた初期の本からすべて読んだ。
 この学者の持つ宗教観が大好きである。僕の感性をいつも刺激する。あるいは、まったく新しい感性をいただける感じがする(笑)。
その講演会が終わって、僕の前にいた、60歳弱ぐらいの男性2人が「やっぱり、来てよかった」「そうだね、なかなかないね、ここまでの深い話を聞けるのは」といいながら席をたった。
 僕は 今日の話を別の会場で聞いたことがあったにも関わらず、1時間15分があっという間に感じるような それでいて スキューバーで珊瑚がきれいな海底散歩をたっぷりしたような感じだった。
人の話を聞いたとき その話の浅い・深い、批評・感銘を決めるのも またそのときの自分の感性次第である。
 5月  10日 No.1829

人は、生まれる前から人の影響を多分に受けている!

 ある産婦人科の調べで お腹の中の記憶を物ごころつくまで覚えているか というアンケートのまとめが発表された。
 覚えていると答えた人が3割弱いた。
 赤ちゃんはかたことの言語を覚える間までは、お腹の中から聞いていた家族の声を覚えているふしがある。
 だが言語を覚えれば覚えるほど 引き換えに お腹の中の生まれてくる記憶が薄らいでいくらしいのだが 3割弱の人たちは 何らかの原因で 言語を多分に覚えても そのときの記憶を失わずにすんだらしい。
 それって僕はすごいと思う。
 人は一人では生きていけないことの証明にもなるような気がする。一人で生きてゆくことを決めたって それを決める遥か前から その人はすでにお腹の中で人の影響を受けているのだ。つまり、お腹の中に、それを選択してしまう影響を与えられていてもおかしくないからだ。
 だったら 人との関わりをバランス良く影響を受けていくのが望ましい。
 人との関係にあいそをつかして 自ら命を落とすことを望んだり、人を殺して 死刑を望むよりよっぽど いいと思う。
 僕はお腹の中にいるとき、いったいどんな影響を受けたと思うか 今度 おかんに会ったら聞いてみるとするかぁ(笑)。
 そのときに おやじのツレで天の邪鬼の人がしょっ中 遊びにきていたとか 聞けたら 心あたりがあるからな、僕の場合(笑)。


 5月  9日 No.1828

子どもが嫌がってるのが見て取れているのに、その嫌がってることを押し通す大人(親)って、虐待の気があるんじゃないのかなぁ!

 僕が小学校のとき、毎日毎日、担任の先生から「人の嫌がることをするおまえは、人間以下だ。おまえに解りやすく言ってやると、つまりおまえは人間のクズってことや!何べんも毎日同じこと言わせやがって!」と言われ続けた。 
 そのとき、クラスの中で、そんなクズといつも一緒に遊び合った友達数名以外は、みな中学3年まで、人の嫌がることはしていなかったと思う。つまり、先生たちの言う人の嫌がることはしないことを実践できていた人ということである。ところが、そんな彼らが大人になると、または、親になると、部下や我が子が嫌がることをし続ける実践をしている。ということは、あの中学のころ 僕以外は 人の嫌がることはしない風を演じていたのか 装っていたということである。そして、彼らは社会に出て上司という有利な立場、または 親という有利な立場を得たときから それまで被っていた役者姿 おりこうちゃん装いを解いて、人の嫌がることを平気でする人間になったり、我が子が嫌がっていても、その嫌がっていることをさせることは「良いこと」「良い教育」「良い子育て」「良い教え」など、根拠のない「良い何々・・・」を平気で振りかざし、我が子が本気で嫌がってることを見て取っていながら、それを押し通す親になっている。

 一つ、おせっかいな注意を無能な僕が生意気にも言わせてもらうと、有利な立場を利用して、人が嫌がってることを平気で できる人間は、確信犯的虐待の気があるので、注意してほしいもんだ。もし、自ら戒められず、悩みもせず、その行いをし続けられる人間は、もうそれは知能犯的犯罪者の気もあるし、僕がかつて言われた 「人間のクズの気」も、同時に持ち合せている可能性が高いから、さらに厳しいチェックをしてほしいと思う!


 5月  8日 No.1827

その人の喜ぶ顔がみたい!ってときに、今まで見えなかった配慮点が見えるようになってきた!

 僕は 今まで万の失敗をしてきた自信はある(笑)。
 その中に この人を喜ばせてあげたい!と思ってしたことが その人に多大な迷惑をかけていたことを あとでその人の友達から聞いて、そんなつもりじゃなかった▽ という失敗がある。
 そのときの自分の心境は大成功なのだが、あとで大失敗だったことを知るのは 結構 堪えるものがある(笑)。
 次に その人に会ったとき すぐ「あのときは・・・ すいませんでした」と謝ると、その人も どこから そのことがもれたのか 不思議そうに 且つ バツが悪そうな態度になってしまい、さらに 僕にこっそり教えてくれた人まで 迷惑が かかる大失敗を重ねる(笑)。
 みんなが僕の「喜ばせてあげたい」というおせっかいをくんでくれていたんだ と見えるまで かなりの時間がかかってしまった。 かなりの時間といっても、ほとんど42年間の観はある(笑)。情けない、恥ずかしいのくりかえしである。
 だが、そんな大失敗のおかげで 人を喜ばせてあげたいと思ったとき 見える配慮点が解ってきた。
それは
  "良かれで動かず  察して動かず 頼まれても 余計には動かず 無理な注文のときのみ 誰よりも動く " その点は いい感じが得らるようになった。
 これも また子どもたちのおかげで、解ってきた。


 5月  7日 No.1826

音楽ができる人は、会話ができなくても、世界中の人と触れられそう!

 僕は音楽がからっきしダメである。
 でも 音を楽しむことは好きである。
何か一つでも楽器が弾けたらなぁといつも思う。
 今年のゴールデンウィークは東京駅周辺のあちこちで クラッシックの生演奏や演奏のイベントが盛りだくさんである。
 とことこ歩いていたら何かバイオリンのいい音が聞こえてきたなぁーと思っていると 吹き抜けになった会場の上で、子どもが弾いていて その子の後ろに大人のバンドがリズムを合せてコラボしていた。
 会場は吹き抜けになっているから5階の手すりにまでびっしり人が見下ろしながらその子の音楽に魅了されていた。
 外人さんたちも、たくさん見ていて、僕の近くで テレビ局の人が外人にインタビューを始めて 外人が「あの子の音色に引き込まれた」と言っていた。僕もわかるわかると思った(笑)。
 子どものころからあんなに感情がこもったバイオリンの音色を奏でることができたら、英語をしゃべれなくても 世界中の人の心をふるわす会話ができそうに思った。
 うらやましい限りである。
 ひょっとすると、子どものころから音楽に触れることは 年頃になって英会話を習うより威力があったりして(笑)。
 願わくばその子の音色を奏でてもらいながら絵本を読ませてほしいものだ。


 5月  6日 No.1825

子どもが大人びるのがありなら、大人が子どもびるのもありっしょ(笑)!

 十年一昔で見れば さまざまなブームが起きては消え 消えては起きる。
最近は僕が子どものころに良く観たアニメが復活したり、インベーダーゲームなど70年代80年代にブームになったものを集めたショットバーや憩いクラブ、その年代の邦曲洋曲流行曲が入ったCDやDVDなど リメイクブームである。
当時のブームを味わったおかげであの頃に気持ちがもどれる。それと同時に あのころはまだまだ青二才のガキだったのに大人びるために、背伸びして色々なカッコつけをしようとしていたことも思いだし、なんか照れくさくなる。
ところがふとインベーダーゲームをやってしまうとアメリカン撃ちを体が覚えているのか結構今でも通じる。
ふとガラス越しに写った自分のカッコを見ると、43ちゃいになろうとするおっさんが すでに子どもがかっているではないか!情けない(笑)。これが恥ずかしさをともなう照れくささを当時のように十分味あわせてくれたのだ。
こうなったらしかたない、僕の得意技の一つ、「すぐ開き直り」を見せ、100円を22枚つかい4時間かけて見事 10万点達成を果たし、立派に 子どもびることができた(笑)。
もし、僕のようにリメイクブームに乗る人があれば 人目も気にせず 立派に子どもびってほしいと思う(笑)。
当時のガキのころの自分にもどることは ほんとに面白い!
このリメイクブームがきた今こそ、ぜひ恥ずかしさや照れくささを味わいながら、やってみてはいかがでしょう(笑)。


 5月  5日 No.1824

子どもの日は、子どもが主役!
この日だけは、のびのびさせてあげようよ!

 昔、子どもの日に弟とおやじの会社のイベントに連れてってもらったことを覚えている。
車を降りるとき、おやじが僕と弟にこう言った。
「今日は おまえら子どもが主役の日や。おれは何しても注意もせん、叱りも怒りもせん。安心せぇ。それであそこに見える屋台にあるもんは、このチケットがあれば何でも交換してくれし何でも乗れる。好きなもんがあれば いくらでも交換してもらえ。今日はそやからいっぱい食って、いっぱい遊んで、いっぱい笑ってこい。汗びっしょりかいても、帰ったら菖蒲湯が待っとるわぁ。ほな、行って来い(笑)」と。
僕と弟はおやじからチケットを受けとって車から飛び出して、一目散に屋台まで走っていった。
あるわあるわ、おかし、きんぎょすくい、スーパーボールすくい、プラモデル当て、鬼わらい、的当て、もぐらたたき、靴あわせ、缶カン遠投、ボルトつみ、腹が減れば、焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、たい焼き、イカ焼き、焼きとうもろこし、フランクフルト、アイスクリーム、フラッペ、ジュース飲み放題、サーキットでゴーカート乗り放題など、めちゃくちゃおもろかった。
帰っておやじと弟と一緒に菖蒲湯につかってわぁーわぁー言うたら爆睡した(笑)。

子どもの日は 子どもが主役!
だから子どものためにこの日一日は 毎年 親や大人は 注意しない 叱らない 怒らない であげてほしい。
それを実行するだけで、お金をかけずに 十分 子どもの日に、子どものためになると思う(笑)。


 5月  4日 No.1823

平和のために、来年は子どもがのびのびするための問題があがってほしいなぁ!

 きのうはこの国の61回目の憲法記念日だった。
 去年は憲法9条問題、今年は税制関連法問題、毎年、いろんな憲法や法律や条例に揺れる。
 バカ野党がバカらしく、欠席をすることを「仕事」にしている(笑)。それをこの国のマスコミは、バカと解っていながら、バカ野党、バカ与党呼ばわりしない。バカにバカと言ってやる力こそマスコミのすべきことなのに、それをしないマスコミも、また、バカである(笑)。だから国民の知らないうちに、バカ議員に、次から次へバカな法律が決められていく。

永久に これ(戦争)を放棄する

 世界に誇る、憲法らしい憲法だと思う。
でも、子どもたちに、ことあるごとに
「この国は、世界に類を見ない 戦争放棄国なんだぁ。それは おまえらが親になったときも 我が子に誇ってやれることだ」って言う親は少ない。
ニュースの取り上げ方の「あおり」に まんまと視聴者が「はまる」。
ガソリンがあがるとあおられると、週一回しかエンジンをかけない人でも 安いうちに、と給油渋滞に巻き込まれに行く。
その民族「あおり」「はまり」エネルギーを、未来の子どもたちのために、バカ政治家どもにお灸をすえてやるエネルギーに変えて使ってほしいもんだ。
 例えば、ガソリン税率を快く復活させてやるから、その変わり、あがった分の歳入の3分の2、4分の1でもいい 18才までの子どもたちの健康のため、70才以上のお年寄りの健康のため、医療費すべてタダになるよう、軍事費も少し減らして確立確保できるように工夫しろ。
 そうすりゃ戦争放棄国の上に成り立つ 永永久に 医療費を確保する 世界に誇る 健康医療国が出来上がるってもんだ。
 健康が一番!
 健康でなきゃ働けない!
 健康であればこそ平和について考えられる!
 国民が、みんな健康であることに意識があるなんて、世界に類をみない誇れることになる。
 そうすりゃ、日本は「平和」と「健康」といううちわで世界を「あおる」ことができるのになぁ。

 今日は 僕の憲法記念日を祝す意味での一日一言に、おつき合いくださり、誠にありがとうございました(笑)。


 5月  3日 No.1822

我が子の気持ちを分かってやりたいからって、何も怒って聞くことはないでしょーに!

 都内にはお洒落通りで有名な通りが何本かある。代官山にもそんな通りがあって、あるカメラマンと歩いていたら「ママは ショーくんの気持ちを分かりたいの! どの服がショーくんは好きなの? 好きな色でもいいの! だまってないで何がいいのかちゃんとショーくんの口で ママに分かるようにいいなさい。だまってちゃ分からないわょ。どれがいいの?ショーくんは?」とカナきり声で怒りながら言っているママに出くわした。
僕とカメラマンの人はおもわず目が合って笑ってしまった。
すぐカメラマンの人が「あきひろー、おまえがあの子の変わりにママに言ってやれょー(笑)」
「ん!? あぁ、あのママにオレが言うんなら、僕にこんなところの服を買おうとするママの気持ちが僕にはまったく分かんないょ。僕、しまむらの 980円の上下に龍のプリントが入ってるヤツがいいなぁーって、言うたるわぁ!」
「がははははぁー。おまえらしいなぁ。」
 あのママは、ママのお洒落に今まで付き合ってきたけど、突然付き合いきれなくなった我が子の気持ちが分からないんだろうなぁ。なんせママは、我が子とともにお洒落に決めたい気持ちで夢中になってるもんだから、我が子がほんとにイヤがってるオーラが見えないんだよなぁ。だから我が子を怒ってでも言わせて買おうとしてしまう。
 5,6才の男の子は、そういうママの気持ちと姿に気がつくってことが 実は お洒落なんだけどなぁ。
 分かりやすくいうと、ママは、ママが大好きなお洒落な通りでカナきり声で我が子を怒ることは、自分のお洒落な姿の中に入っていないから、我が子がキズつくってことさぁ(笑)。
だからママにどれだけ怒鳴られても 「だまる」と言うお洒落な返事をしてるのさ(笑)。


 5月  2日 No.1821

子どもの記憶の仕方は覚えようとして覚えているわけじゃなく、覚えようとしなくても覚えてしまうのさ!

 覚えようとしてもなかなか覚えられない大人には、子どもの記憶の仕方がうらやましいことが多いだろう!
なんせ子どもは覚えようとしなくても覚えてしまうんだから(笑)。大人のようにメモなんかとらなくても一瞬で覚えてしまう。大人は そのメモしたことさえ どれにメモしたのか どこにメモしたのか うっかりするとメモしたことさえ覚えそこなってしまう(笑)。
そんな大人が何をえらそうに これも覚えろ!あれも覚えろ!と言っているのだろう。
子どもたちがその記憶を結集して大人に逆襲しようと思えばいつでもできるはず!
「じゃあ おまえたち大人と 僕たち子どもで"あれもこれも覚えろ合戦"して もし僕たちが勝ったら 今度は僕たちが毎日 あれもこれも覚えろ!って言わせてもらうことにする! ねぇ この勝負受ける?」と言われたら 9割の大人が尻込みするだろう(笑)!
それぐらい 子どもたちの記憶の仕方はすごいってこと 大人はもっと謙虚に受けとめといて損はないと思う。


 5月  1日 No.1820

我が子の切れ味バツグンの一言は、普段から親をしっかり観てるから言えるんだよなぁ(笑)!

 我が子の前で、お父さんとお母さんが、休日の計画のことをしゃべりながらご飯を食べていたら、我が子の一言で会話が止まってしまった、と言うほのぼのばなしを聞いた(笑)。
そのとき車で行くときのガソリン代をどっちが出すかで夫婦がもめていたらしい。
 行きも帰りもお父さんが出せぇーとお母さんが吠え(笑)、
 お父さんは
「おまえが行きも帰りも運転するなら出してやる。そうでないなら百歩ゆずって 行きか帰りかのどっちか片方を出してやる!」
と言っていたときらしい、
 6才になる我が子が
「ねぇねぇ、そんなのお母さんが出さなきゃダメだょ。お父さんの給料、お母さんが全部持ってってんだから、お父さんが出すのはおかしいょ。そのかわりお父さんはずっと運転してあげなょ!」
と言ったそうだ。
 夫婦は目と目が合って大爆笑しながら
「あんたの言う通り!」となったらしい(笑)。

 その子に限らず、親をよく観ている子ほど 切れ味バツグンの一言!をなにげなく言えるもんさ(笑)。
その一言の何がすごいって、一瞬で場をなごます一言だから 切れ味がバツグンなのさ(笑)。