ブックドクター・あきひろのイチニチイチゴン
ブックドクター・あきひろの一日一言。…日々想うことを語ります。



12月 31日 No.968
日本人にとって大晦日ってのは、やっぱり一年のしめくくりって感じがして特別なものだよね!

僕は毎年、大晦日は朗天狗の仲間と、そして朗天狗を応援して下さるみなさんと、朝早くから徒歩でお伊勢さん参りをしている。これがまた、13時間ぐらい歩くのだが、一歩、一歩、歩を進めながら、みんなといっしょに「まず2005年の1月って何があったっけ?」「次は2月ぅー」とかわいわい言いながら歩いていると、結構、あっと言う間に着く感じがする。こんなことを言うと、それは「あきちゃんだけー」って言われそうだが、これもまたご愛敬としてほしい。とにかくみなさんも、年越しそばなど食べながら、家族で一年のしめくくりとして、一月から何があったか語りあってみてほしい。そして僕は心からみなさんにこう思っています。☆本年度も、みなさんのおかげで良い年に、させていただきました。良い年にさせていただいたみなさんには、もっと良い年になりますように、と☆みなさん、今年一年、本当にありがとうございました。来年も日々精進いたしますので我ら朗天狗を何とぞよろしくお願い申しあげます。

あきひろ!


12月 30日 No.967
連絡が取れるか取れないかで、ほっとするか頭にくるか決まってしまうのかなぁ!

この携帯電話社会で、連絡が取れないって何ごとだぁって思っている人は、連絡が取れないと、イライラしたり、カリカリしたりする。いくら携帯電話社会だって、相手が電話に出たくない状態かもしれないし、出たくても出れない情況だったり、状況かもしれない。でも多くの人が、連絡が取れないこと、まるで、悪人扱いをするかのように、悪者扱いである。だが、今だに、わずかの人が、連絡が取れても取れなくても、にこにこして変わらず、取れたときに「いやぁ〜良かった。連絡が取れてほっとしたよ」って言ってくれるほど、ただ心配で連絡を取ろうとして下さる人がいる。


12月 29日 No.966
ふさぎこんでいた人が、何かの感銘を受け、生き生きしている様を「躍如(やくじょ)」って言うんだょ。いい言葉だよね!

むかし人の世で、辛い思いばかりしていたために、ふさぎこんだり、悩みきってしまうと、人はふさぎこんでしまったりする。そんな人がいったん、そんな状態を乗り越えると、ふさぎこんでいたのが、ウソのようにその人が、生き生きと躍動し、そのふさぎこんでいた状態を、乗り越えさせた何かの答えの効果が、如実に現れる。その姿は、人の辛さや悩みの根本を自分も見ているため、ふさぎこんでいる人を簡単に喜ばしてしまうほど、躍如する。


12月 28日 No.965
心と心が通じ合うためには、心がなきゃ通じないからね

この人は、人の心をもっているのだろうか?と感じる人が、世の中にはいる。そんな人と心を、通じ合わせようとしても、通じないのは、相手にやっぱり、こっちと同じような心がないんだょ。つまり、目の前にいる人に、「今から、僕の携帯電話から、お前の携帯電話にかけるから、番号ぅ、教えて」って言ったとしても、相手が「あっ、僕、携帯もってないょ」って言われるみたいなもの。目の前にいる相手なのに、取りたいコミュニケーションを、取りたいときに取れないってタイプもそうだろうなぁ。あっ、しまった、だったら、僕も、人のことは言えないかぁ(^O^) ごめんなさい。


12月 27日 No.964
心の闇って、想像上のものだからね。つまり、だれも見たことがないわけ!。それなのに怯えるなんておかしいなぁ。いつもは、目に見えるものしか、信じないんじゃないなかったっけ!

いつもは、目に見えないものは、信じないタイプの人が、心の闇はまるで見たことがあるみたいに、「心の闇にいつも逃げ込んでばかりいちゃだめだー」、なんて言ってるのを聞くと、その人に、何で?って聞きたくなる。心の闇があるおかげで、逃げ込めるし、逃げ込めるスペースをもっているおかげで、次の日を向かえることができている人もいるだろうし、心の闇が、ないと言う人がいたら、そういう人のおかげで、脳天気な日々を送ってちゃいけないって、しっかりさせることになるかもしれない。でも、どっちにしても、心の闇が、目に見えるより、目に見えない方がありがたい。そんなに心の闇に、敏感にならなくていいょ。


12月 26日 No.963
きっかけがあったら、やっぱ、動くべきっしょ!

英会話を習いたいなぁと、何年も思い続けていたところへ、わずかな期間だけど、一人のアメリカ人と一緒に仕事をすることになった、なーんてことは、英会話を習う、いいきっかけでしょ。こんな感じで、何かをしたいと思っているところへ、その、したいことのきっかけとなる、パンフレットや看板を見たり、人づてに、その道の関心がある情報を偶然聞いたり、人に出会ったり、そのしたいと思っていたことを、もう諦めたと思ったことが実は、きっかけになったりする。それは、貴重な動きだす、きっかけ。だから安心して、動いてみなよ。


12月 25日 No.962
知っているってことの安心感は、知らないことを知ろうとする面白さを奪ってゆく!

子どもの一日を見ていると、知らないことがあると、それを知りたいために、そこまで行ったり、知るまでみんなで頭をつき合わせて覚えたり、知らないことを面白しろいと、捉える感性を持っている。対して、大人は、知らないことを知らないままにしていたり、知らなければならないことを、知りたくないと恐れたり、知らないことを知ろうとしてエネルギーを使うよりも、知っていることの中で、いくつ分かっているかを確認するためにエネルギーを使って、そのエネルギーがムダにならないように安心感を得ようとする。それだと知ろうとしたくなくなっちゃうよね。だって「知る」ことって、けっこう危険を伴うし、怖いからね。子どもは、その危ないことがまた面白いわけさ。大人は、何事も危険より安心大好きだから、感性がどんどん奪われてしまうのさ。


12月 24日 No.961
大人になって、もう一度、小学校6年生の授業を受けたら、「分かる」ことのおもしろさを味わえるだろうなぁ!

もう一度、小学校6年の授業を受けたら、おもしろいだろうなぁと思う。分かるところがあのころより多少、多いだろうし、もしまだ、分からないところがあっても、分かるまで、質問できるだろうと思う。そしたら、友達に会える学校から、いろんなことを教えてもらえる学校になると思う。おもしろいだろうなぁ。先生とも、わいわい言いながら、そこへ教室の友達たちが、つっこみを入れる、そんな授業になるんじゃないかなぁ、大人になって通う、小学校6年の授業って・・・・・・。


12月 23日 No.960
自分のバカさかげんを、見事に浮き彫りにしたものが、絵本の世界にはある!

子どものバカさかげんと、大人のバカさかげんには、差があるものと、ないものがある。例えば、差があるものは、大人が身につけている、たてまえとか、欲とか、ないものは、子どものときから変わらぬ、うっかり系のもの、正直系のものなどを想像してもらえばいいだろう。どちらのバカさかげんも、本人は気がついていないことを、気がついている人が見ると、そのバカさかげんが分かったり、本人も分かるまでは一生懸命だから、気がつかなかったのだが、気がついてしまうと、穴があったら入りたいほど、恥ずかしかったり、かっこ悪かったったりする。そのときの生の感覚を、絵本の世界は、封じ込めてある。だから、絵本の世界は、いつも生々しいのだ。


12月 22日 No.959
ふとしたことから、話しがはずむことって、いいよねぇ!

ある会に呼ばれ、最初は、なんだか、場違いのところにきちゃったなぁって思ってたところへ、ふと、一人の男性が「その背中の天狗は何ですか?」って声をかけてくれた。僕が朗天狗の説明をすると、その男性が「へぇー、おもしろいことやってるねぇ」と言ってくれたので、僕は気分をよくして「そっちも、何か、おもしろそうなことをやってそうに見えますけど、何かやってるんですか?」って聞いたら、まってましたぁって言わんばかりに、語り始めた。気がついたら、僕らの周りに人が集まり、みんな笑顔で聞いていた。ふとしたことから、話しがはなずむと、笑顔が増えるのかも。その男性が、ふと、僕に声をかけてくれたおかげである。


12月 21日 No.958
風邪の菌は、知らぬ間に、人の体に侵入する。でも、侵入されても風邪をひかない体をつくるには、子どものころが一番

子どもの体は、まだ、いろんな菌に打ち勝つだけの体になっていない。そこを風邪の菌は、攻めてくる。でも、クラスを良くみると、風邪の菌に攻められ、風邪をひく子と、ひかない子がいる。そして、ひく子は毎冬、その時期がくると、ひく子になり、ひかない子は、毎冬、その時期がきても、全然へっちゃらで、ひかない子になる。もし、今までひかなかった子が、ひいた時には、必ず、ひいた日の前日か、前々日に、風邪の菌に攻められて、打ち勝てなかったと思いあたる原因が、見つかるはず。見つけたら、今後は注意できる。だが、問題は小さいころから、大人になるまで、毎年、冬が来れば必ず風邪をひく体をつくってしまったような体の持ち主の人。こうなってしまうと原因が見つけにくいので、そうはならないよう、子どものうちから、風邪の菌に攻められない体をつくってあげてほしいと思う。でないと、毎冬、会社を休む、体の持ち主の大人になりかねない。


12月 20日 No.957
たくましい体は、柔軟な頭がつくり、たくましい心は、なまけない体がつくる!

なにごとも、ほどほどが一番と人はいう。そう言うわりに、人はできていないと思う。なぜなら、多くの大人は、頭が堅いから。ほどほどをよーく理解し、実践している大人は本当に柔軟な頭の持ち主が多い。多いといっても、100人中、10人ぐらいだと思う。だから、たくましい体になる。この場合のたくましい体とは、筋肉隆隆をイメージしがちだが、そうではなく、みんなが風邪を引いているときにひかず、暑い寒いにつよい体をいう。それにちょっとした運動をなまけずしつづけたなら、しょうしょうの悩みごとがきてもへこたれない、たくましい心がつくられる。


12月 19日 No.956
恩を着るのは、豊かな道。恩を着せるのは乏しき通(みち)!

人生には、何度か恩に着ることがある。また、知らず知らずのうちに、仲間に恩着せがましいグチをこぼしたりする。これは、人間が昔っから何ひとつ変わらない様のひとつと思って、僕は、しかたのないジャンルとして心に修めている。恩を売っても、向こうが恩と思わず、親切な人、いい人、優しい人などと、思っていたなら、恩売りも成立しないし、恩を売るつもりも着せるきもなく、自分にできることだから、ちょいとしてあげただけなのに、恩に感じられ、いつまでも、その季節になると、物を送ってくれたりする人がいるが、これも、送る側と少しズレを感じる。つまりすべての恩は、相手に着てもらいつづけた場合のみ、恩を売るタイプにも、恩を着せるタイプにも、気持ちいいし、また逆に、何をしてもらっても、すぐ恩に着てしまうタイプにも、みんなが恩に着たと言っているから、いつの間にか自分も恩を着てしまう、恩もらいタイプにも、その恩の心地よさが、豊かな道を歩ませるのさ。それ以外は、心が乏しくなる通り道だから、良ければどうぞ!


12月 18日 No.955
まだ何もしてないって思ったのなら、今まで何もしてないことになる。そんなことないはず。だから「今日はまだ何もしてない。何をしようかなぁ」って、思うこと

あることが原因で、自分を責めたり、自分を見つめることがある。そんなとき、自分は今まで、逃げてばかりで、まだ何もしていないんじゃないかって思う。見つめすぎると、自分の人生まで、振り返りすぎて、まだ何もしてないように思ってしまう。そこまでは思いすぎである。冷静に振り返れば、それなりの楽しさ、それなりの社会の厳しさ、それなりの幸せがあったはず。だから、まず、「今日はまだ何もしていない。よし、それなら、あの映画でも見に行こう」とか、何でもいいから、「今日は何をしようかな」って思ってみてはいかが。本当に、何もしていないと、自覚しないために。


12月 17日 No.954
命の替えはきかない。代わってもあげられないし、変わることもないし、換えようとしても絶対無理。それが命!!

命の「かえ」は、すべてきかない。他のものに替えることも、姿、形などを変えることも、代打のように代わってあげることも、まして、物と物をとり換えるようなわけには絶対にいかない。そんな「かえ」のきかない命を授かったことに毎日、感謝し、精一杯生きようとするだけで、その人の人生苦が、相当減ることだろう。できることなら、健康なあいだに、この訓えをわかってほしい。人は、これから未来(さき)も、我が子や大切な人の、歯、膝、腰などの体の痛み、目、耳などの体の不自由さ、ガンの苦しみ、心の重みなど、何ひとつ、かわってあげたくても、かわってあげられないのだから。


12月 16日 No.953
どうして、大人になると、本当のことを言うと、みんなに嫌われるの?僕たちには、本当のことを言いなさいってしょっ中、言うのにって、子どもたちに、この質問をされたら今の大人たちは、どうこたえますか?

僕は平気です。なんてことない。「うん、いい質問だねー。大人たちのやっていることを見て、そこに気がついたわけね。それを見抜けるなんざぁー、いい感性をもってるじゃん」と言ったあと、その問いかけに対して、心底、納得してもらえる、こたえをしてあげる。大人には、教えてあげない(笑)。絶対、悪用するから。今まで、何十回、この問いかけを受けたかわからない。今日も受けた。そのすべてに僕は、こたえ、子どもたちから、「うん、めっちゃよーわかった。そういうことなんやぁ」って、目をキラキラさせて、そんな感想をいただかせてもらっている。みなさんも、子どもたちを、納得させてあげられる、こたえ、をもっていないと、子どもたちから、「こいつはダメだ」と思われますょ。ご注意くだされ。


12月 15日 No.952
よーく考えて行動する人でも、よく考えないで行動する人でも、失敗はするんだよ!

何をやっても、失敗はつきもの。行動する前に、よーく考えても、このとき、想像力が乏しいと、そこに「抜け」が生じ、そこに失敗の原因や本質がひそんでいる。対して、よく考えないで行動する人でも、想像力豊かな人が行動する場合は、失敗をしそうに見えるだけで、意外と失敗しない。つまり、危なっかしく見えるだけ。だが、よく考えず、想像力も乏しい人が、いったん行動すると、その失敗は自分だけにとどまらず、人にまで迷惑がかかり、周りの人まで失敗させてしまう恐れがある。一番いいのは、ほどよく考えて、失敗しなけりゃいいってとこで、行動するあたりかな。


12月 14日 No.951
遊んであげようと思って、子どもに遊ばれるぐらいでちょうどいい!

天気がいいから、久しぶりに遊んでやろうかと、親が我が子を遊びに誘ってあげる。我が子の年齢や性格によって、遊んであげるにしても、親はそれなりに、自分の体力、知力など計らなければならない。これを見誤ると、えらい目を見ることになる。遊んであげるつもりが、向こうに遊ばれ始め、さらにもて遊ばれだす。結果、遊んであげたのは、前半だけで、中盤、後半、終盤までは、我が子に主導権を握られっぱなしなのに、遊んであげようとしている気持ちだけが空回りし、そんな親を見て、我が子が大笑いしてようやく遊びを終わっていただく形になる。やれやれと思って、家に帰ると、ジュースや一息つくのもつかの間、「今度は、何をして遊ぶ?」って聞かれる。へっ?てなって始めて気づく。そうか、さっきのは外の遊び、そして今からは、内での遊びなのか、と(笑)。だが、今の時代の親は、これぐらい遊んでもらって、丁度いいんだと思う。でも、くれぐれも、ぎっくり腰だけには、ご注意くだされ。


12月 13日 No.950
この季節になると、ガキのころに、よくこたつで寝てしまって、しょっ中叱られたことを思いだす!

今は、クーラーやファンヒーターの普及で、こたつを出している家がめっきり減ってしまった。昔は、どこのうちでも、こたつとストーブはセットで、そのストーブの上には、やかんがセットだった。そんな居間で、ご飯を食べたあと、満腹でぽかぽかとくれば、そりゃ寝るわなぁ(笑)。まして、僕なんかは、耳や手や足先にしもやけをたくさん宿すぐらい、くたくたになるまで、おもいっきり遊んで帰って来てたから、あのこたつで寝る気持ち良さは、体の芯が覚えてしまっている。だから今日も、ぽかぽかの部屋で、こたつに入りながら寝ていくにちがいない。あの遠くの方から聞こえる、おかんの声を、ききながら。「そんなとこで、寝てったら、風邪ひくっちゅうのー。もぅ、ふとんへ行きなさい。風邪ひいても、お母さん、知らんでねぇー。もぅ、言うこときかんなぁーこの子わぁー・・・zzzzz」(^O^)/イェ〜イ!


12月 12日 No.949
親子での、思い出話をたくさんつくろう!

親子で思い出話をつくろうと聞くと、親がどっかに連れていってあげたり、体を動かさなきゃならないイメージが先に立つ人がいると思う。体を動す、キャッチボールをしてやろうって思うお父さんや、縄跳びを子どもに教えてあげようとするお母さんがいることにこしたことはない。でも、体を動かさなくてもかまわないのが、本来、親子の思い出話にはふくまれているわけだから、別にそんなに難しく考えなくてもいいと思う。例えば、一緒にお風呂に入って、背中を洗いっこするとか、子ども部屋とリビングのそうじをいっしょにするとか、家族みんなで、車を洗うとか、みんなで一冊の物語を交代で読んでいくとか、一人一話で、面白い話を出し合うとか、毎月、第4日曜日は人生ゲームの勝負を家族でする日にするとか、なんでも、親子の思い出話をつくることが出来ると思う。要は、親が我が子と、思い出話をつくろうとするか、しないかだよね。たくさんあれば、我が子の将来の結婚式は賑やかな、思い出話に華が咲くことだろう。


12月 11日 No.948
子どもの成長には、親の目が届かないってのも、大事な要素なのに。今の世の中、そうは言っていられない!

また、児童殺傷事件が起きた。広島、栃木のニュースは、心に悼みがはしる。あちこちの地区で、小学校に通う親御さんたちの緊急会議が開かれ、登下校の際は、親がついて、または、50m間隔に親が交代制で立って、親御さんたちの厳しい目を利かせ、子どもたちを犯罪者の魔の手から守ろうと動きだした。これは、物騒な時代なればこそ。この動きをどこの子どもたちも敏感に察知しているだろう。先生の目、親の目がひかっていることを。これじゃ、しばらく、外で思いっきり遊べないだろうなぁ。早くこないかなぁ、親の目が届かず、新しい形の安心して、思いっきり外で遊べる世の中が。どうか一日も早く、そんな日やってきますように!


12月 10日 No.947
子どもは、どれだけ外が寒くても、平気で、アイスクリームを食べられる!それが、また、おいしそうなんだょ!

北西の冷たい風がびゅんびゅん吹く寒い日に、肉まんが食べたくなって、コンビニによったら、小学生5、6年のグラコンを着た子どもたちが、数名集まって、輪になってしゃがんでいた。なんかのカードゲームでもしているのかなぁと思って覗いてみると、みんな、アイスクリームを美味そうに食べていた。一人の子と目が合ったので、僕が「うまい?」と聞いたら、その子が、「おいちゃんも食べてみぃー、これ、めっちゃうまいでぇー」といった。友達も、うんうんとうなずいている。それで僕が、「あほか。こんな寒い日は肉まんに決まっとるやろ」と言うと、「あほは、おいちゃんや。寒い日に冷たいアイスクリームを食べたら、どんだけうまいか知らんやろ?めっちゃうまいでー(^O^)」と。確かに、僕は大人になってからは、その美味さを知らなかった。そこで、僕も同じアイスクリームを買って輪に入れてもらい、しゃがんで食べたら、これがほんまに美味かった。また、子どもたちに訓わった。ありがとう。てへっ!


12月 9日 No.946
何度、言っても、分ってもらえないと疲れるよねぇ。そんなときは、ワンクッション通してあげること!

我が子が、何度言っても同じ失敗をしてきたり、同じことを言わすことをしでかしてくると、ほんとに疲れると思う。だけど、親なら、そこでめげちゃいけない。だって、なんやかんやいったって、カワイイ我が子でしょ。そんなときは、ワンクッション通して、痛みを感じさせてあげたり、ワンクッションおいてから諭してあげればいい。たとえば、「お母さんにちょっとついて来なさい」といってお母さんの大事にしているものを見せてあげながら、「これを壊されたら、お母さん、泣いちゃうなぁ」とか、「今から、お母さんの大好きな絵本を、一冊読むから、よく聞いておいてね」といって、読み終えたあとに、「これが、お母さんの願いなの。○○ちゃんには、いつも笑顔で、元気でいてほしいと、お母さんは、いつも思っているからね」と諭してあげてほしい。これを心の底から我が子に愛情をもって実践してもらえたなら、かなり我が子の心に効くであろう。


12月 8日 No.945
人間の能力の凄いところの一つは、エネルギーをいくら消耗しても、寝ると戻ることにある。これってタダだよねぇ!!

人は、いくらエネルギーを消耗しても、寝ればある程度、エネルギーがまた戻る。さらに、エサとなる、食事をすれば、エネルギーが補える。食事となる食料はお金がかかってしまうけど、寝るという行動にはお金などかからない。なのに、今の日本人は不景気だから、節約節約というわりには、外食産業の売り上げに協力しているかのように、ますます売り上げを上げてしまうほど、外食が好きで、タダの寝る時間をとるのが下手になった。だから、お金もどんどん浪費し、疲れもどんどん貯め、疲れている状態から、さらにエネルギーを使う職場に、毎日、出かけなければならない。もっとタダでエネルギーが補えることに目をむけなきゃ、エネルギーがない日々を送り続け、病気になっちゃうよ。つまり、今は、大人ほど、早く寝なさいってことさ。


12月 7日 No.944
幼い子どもは良いか悪かの判断で遊んでいないでしょ。興味があるものに体が動く、あれがいいんだよね!!

目に写るものに、なんのくったくもなく、体が動く。幼い子どもは、自意識が芽生えていないから、見るもの触るものが、すべて興味の対象となるのだろう。もっぱら、自意識が芽生えていないのだから、その子どもたちには、興味があるとか、ないとかの意識さえないとは思うのだが(笑)。でも、そばでそんな幼い我が子を見ていれば、感情移入が働くのは当然で、ああ、うちの子はこれを良いと思っているんだわぁとか、さすがうちの子、悪いことはすぐ分かるのよねぇーとか、親は勝手な感情移入解釈をする。ここにいろんな落とし穴があるのさ。


12月 6日 No.943
気が短い人は、集中力があって、気が長い人は、探究心があるんだって。ビックリビックリ!!

人間行動心理学の先生といろんな話しをさせてもらえる機会があった。ビックリしたのが、自分のことを気が短いほうかなぁって思っている人の方が、自分のことを気が長いほうと思っている人より、統計を採ると、圧倒的に集中力がある結果が出ているというのだ。その要因として、気が短い人の方が、短期集中力の繰り返しで、集中力の能力が長けつづけるらしい。そして、気が長い人は、探究心において、優れた結果がでたという。要因で考えられたのが、のんびりコツコツと物を調べたりすることに何の抵抗もなかったり、ものを掘り下げて考えることを、好む傾向にあるらしい。これを聞けば、短気な人にも、のんびり屋さんにも、ちゃんと裏付けられた長所があることが、分かるよね。


12月 5日 No.942
好きなものを好きって言えない原因は、自信の無さぁ?勇気の無さぁ?恥ずかしさぁ?やらしいからぁ?分からないからぁ?何にせよ、もったいないなぁ!

好きな人に好きっていうのは、自分に自信がないと言え無かったり、勇気がないと言えなかったり、単純に恥ずかしさが先に働いたり、やらしいと感じたり、自分が何が好きなのかさえ、いっぱいあって分からなかったりするよね。それは人間だから、しかたないこと。だが、そうじゃない人がいることを、見落とさないでほしい。好きなものや、好きな人に、好きってはっきり言える人たちが確かにいる事実を。その人たちはたぶん、自信を持つために相当の努力をしていたり、怖いながらも、勇気を奮い立たせて、好きなものを好きって言えるよう、自分なりに、悔いを残さないよう、努力しているにちがいないと言うことを!


12月 4日 No.941
一つを見つけるために、一つづついってもいいし、百を知って、その中から一つを見つけてもいいんだょ。要は、どんな方法を使おうが見つけようとする意志がなきゃ!

一つを見つけるために、一つづついこうとする人は、大きな失敗は避けたかったり、確実に進みたかったり、正確に知りたかったり、もともと何ごとも丁寧だったりする人だと思う。また、百を知って一つを見つけようとする人は、効率的思考の人だったり、僕みたいに、何でも知りたがりやだったり、知らない世界を知りたい好奇心旺盛の人だったり、もともと広域型指向性の持ち主だったりすると思う。いろんな方法を使って、自分の性格や性質に、一番合うなぁって感じるものを、まず、一つ見つければいいと思う。そん中から、さらにもう一つ、つっこんで、これっ!てものを選び抜くのは、もっとあとでいい。


12月 3日 No.940
ささいなことを、どう受け止めるかで、心配度を図ることができる!

人の中には、ちょっとしたささいなことが、気になったり、心配したりする人がいる。そうかと思えば、これは、すぐ動かなきゃならない局面を向かえているのに「まだ、大丈夫だろう?」と脳天気な人もいる。どちらも、自分の心配度を図る、感性の計器に、何らかの要因で精度差に欠ける。でも、感性の計器の精度が良い人は、心配すべきときに、心配して、その心配すべき量におおじて、心配する量を図ることができる。つまり、一瞬の心配は一瞬の心配を、少し時間のかかる心配ごとなら、毎日、その心配度の量を調節できるため、心配しすぎたり、心配しなさすぎたりってことがないのさ。


12月 2日 No.939
手をつないで輪をつくる!これと同じじゃないかなぁ。心をつないで和をつくるのも!

中心に集まって、手を握り合う。ゆっくり、ゆっくり外へ広がっていく。みんなが、ほぼ水平になるまで、手が広がったら、だいたいの輪ができる。その手をつないだまま全員が右手をあげても、左手をあげても、全員の両手があがる。たった一人でも手が切れたりすると、切れたところだけ、手が下にさがる。これと同じじゃないかなぁ。心のつながりも。中心にまず集まって、心がつながる体験をする。そして、それぞれが、その体験を元に、それぞれの方向に広がっていく。でも、心がつながっていれば、たった一言で、みながバンザイできる喜びを、また、体験する。これが心の和。家庭でも、教室でも、職場でも、地域でも、心の和をつなげてほしいなぁ。


12月 1日 No.938
今は子どもより、大人の方がキズや怪我を負っている時代になった。子どものころのキズや怪我は勲章と思えってよく言われたなぁ!

今の子どもたちは、昔の子どもたちより、体にキズを負っている子が少ないように思う。まぁキズや怪我と言えば、すぐ、医者に頼って当たり前の世の中だからしかたのないことかもしれないが・・・。昔の子どもは、キズまるけの子や、かさぶたをつけてる子はしょっ中いたし、もっと多かった。そんな子どもたちが、大人になると、キズや怪我を負わない知恵を宿したものだった。なぜなら「もう、あんな傷い思いはしたくないなぁ」って体が頭に教えたから。ところが今は、子どものころ、それほどキズや怪我をしなかった子が大人になったため、どこの外科も大人であふれかえっている。キズや怪我を負っているのは、子どもより、大人の方が圧倒的に多くなった。