ブックドクター・あきひろのイチニチイチゴン
ブックドクター・あきひろの一日一言。…日々想うことを語ります。



8月 31日 No.845
爽やかな汗を流したいなら、精神的負担がないものを

誰に言われることなく、自分で決めて、自分が動いたときの汗は、爽やかな汗を流せるもの。例えば、ダンスがスキな人が、CDラジカセでお気に入りの曲を流して、踊りをおどったり、昔、陸上部だったりすると、ランニングやジョギングだったりして、軽く汗を流すそうとする人もいるだろう。僕も、都内にいるときは、自転車に乗って、僕だけが知ってる東京見物をしたり、絵本作家の人たちとテニスをして、爽やかな汗をかかせてもらう。ただ自転車こいで、ただボール追っかけて、精神的に何の負担もかかっていないから、心も体も、爽やかな汗を流せるんだと思う。この汗を流せた次の朝は、パッと目が覚め、良く眠れた感じがするから、爽やかな気分だから、ホント最高!


8月 30日 No.845
狙ったものを、ゲットするためには、「集中力!自然体!勘!」が要求される!

アマゾンやサバンナなどのネイティビアンの民族の人たちは、日々、家族のために、男たちが槍を持って狩り出かける。動物を見つけると、槍を、なにげなく投げたように見えるのに、一発でしとめる。なんと自然体なことか。日本でも職人さんが自然体の中に、まる一日、一瞬のゆるみも許されない、集中力と勘の連続で、陶器、和傘、民芸品などを次々に仕上げていく。それでいて、決して、機械仕立ての同じものではなく、一つ一つ、同じように見える個性品ばかり。狙いどころを知る達人たちに共通するのは、集中力、自然体、そして、勘の三つ。この三つが僕も早くほしいなぁ。


8月 29日 No.844
子どもたちは、おじいちゃんおばあちゃんに、新しいことを教えてあげるために、この世に出てきたと思う!

今日、山手線外回りに乗っていたら、おじいちゃんとおばあちゃんが、お孫さんらしき4、5才ぐらいの男の子の手を引いて電車に乗り込んできた。たまたま、3人が座れ、すぐ男の子は、たてひざをついて外を見ながら、「ねぇ、おじいちゃん、あれがぱちぃしえのやかた(パティシェの館)だよ。すごくおいしいケーキばっかりあるんだぁ」とか、「ねぇ、おばあちゃん、あそこに見えるビルの一番上にスイートルームっていうすごくきれいな部屋があるんだぁ。今度、一緒に泊まりにいこうょ」とか、とにかく、僕でも参考になる社会見学のガイドをしてくれた。おじいちゃんおばあちゃんは、孫の口からでる新しい単語に、うんうんと首を振るばかり。でも、この関係がいいんだなぁ。


8月 28日 No.843
暗い人とか、明るい人とか、すべて見た目でしょ!どちらにもいろんな内面がある。

僕は、暗い人だから暗い性格の人にちがいない、と決めつけない。小さいころの友達にTくんというのがいて、そいつはみんなから暗い暗いって言われてた。でも、Tくんは、そうじの時間には、必ず僕のところに来て、教室においてあるゴミ箱を二人でもって、焼却炉まで持っていく。いっしょにゴミを焼くのだが、このときのTくんは、みんなの知っているTくんとは大違い。「きゃはは」いいながら、ごきげんさんなのだ。最高の笑顔でゴミを燃やすTくんは、めちゃめちゃ明るい性格。人を見た目だけで判断していると、明るい人の内面の暗さに傷つけられたり、暗い人だからと敬遠していたら、いきなり有名人になっちゃった、ということが起こるからね。


8月 27日 No.842
深い人間関係って最初からつくれるものじゃない!

昔、共に8ヶ月ほど、あるビックイベントで一緒に苦労を分け合った、ゴリラみたいな顔の友達と久しぶりに会った。そして話しに花が咲いたころ、その友達が「しかしおまえの人間関係は、何でどの人も深いんだょ」と言った。そこで僕が「深いかどうかは解らんけど、いつも深くなったらええなぁとは、思てる。そやけどどんな人と初めて会っても、最初から深くお付き合いしようなーんて思ったことないでぇー。だって当たり前やろ、相手に会った瞬間に俺がいらんこと言うて、そのまま嫌われるなーんてことは、おまえも知ってる通り、俺の場合、めちゃくちゃおるからなぁ」と言った。そしたらゴリラの友達が「俺もおまえみたいに最初から、嫌われること言うたったら深い人間関係や、人にもっともっと好かれるかもしれへんなぁ」と言った。そこで僕が「あほか。おまえはそんなことせんでもゴリラとやったらいつでも深い仲やがなぁ」と言って二人とも大爆笑!と言う僕は、ゴリラとも関係をもつことで、いつでも大変です(笑)。ハイ(^O^)/!


8月 26日 No.841
悲しくなったときは嬉しかったときのことを、哀しくなったときは楽しかったときのことを、なぜ思いだすかだってぇ?そりゃ情けをもってるからさ!

今、いろんなケースの情け容赦ない犯罪が増えてきているけども、それでも日本人は、情け深い民だと思う。なぜなら、多くの犯罪を一つづつ、つきつめていくと、これまた、犯罪者の幼児期の情けによるこじれみたいなものが根っこに見え隠れする場合が少なからず在るからである。そのころの悲しみをなんとか乗り越えようとして、わずかな嬉しかった思い出が出てきたり、誰にもいえない哀しみを何とか乗り越えようと、楽しいことを思い出さずにはいられない。わかるなぁ、その気持ち。これもまた、情けからきてるんだよね。


8月 25日 No.840
逢おうよ!、うん、逢おう!お互い楽しみにしているなんて最高!

友達同士、恋人同士、同僚同士など、あいつに逢いたいなぁって思ったから、連絡して「逢おうぜ」って素直に言うと「よっしゃ逢おう」って向こうも素直に言ってくれる関係は最高だと思う。お互いが、高揚するような関係だからこそ、誘い誘われのやりとりさえ楽しめる。どちらも、仕事、大事な用事があることだろう。それでもまず「逢おう」とお互いがんばって、逢えることを最優先に考え、時間を作り、それで逢うからこそ「最高」の時間をお互いをすごすことができるのさ。


8月 24日 No.839
もうこれ以上の、ものは無いってほどの日は、いくらあってもかまわない!

僕は、なかなかしっくりくるこたえがみつからないなぁって思うものをいくつかもっている。その一つに、「感動」がある。すごいコンサートで、ものすごく感動した帰り道「もう、これ以上の感動は、一生味わうことなどないだろうなぁ」って、思っていると、小さな、落語寄せを観にいったら、また、別の形の一生に一度だろうなぁって思う感動を、味わわせてもらう日があったりする。どの感動も、本当に一生に一度のものばかりだが、何で、感動はいくらあってもかまわないのだろうって考えたときに、なかなかしっくりくるこたえが見つからない。感動は、こたえが、最初からないのかもしれない。


8月 23日 No.838
心から祝える人がいることが、自分を幸せにさせてもらえる!

太郎兄やんこと、五味太郎さんが、60回目の誕生日を迎えられ還暦となった。全国から、太郎兄やんを祝いに、ぞくぞくと各界でご活躍の先生方、友人、知人、ファンクラブのみなさん、出版業界の方々など、多くの方がつめかけた。みんなが、太郎兄やんを心から祝う姿は、とてもフレンドリーなイイ感じだった。太郎兄やんの幸せそうなあの表情をみると、とても還暦とは思えないほど若い。これはひょっとすると、絵本を描き続けてきたからなのかもしれない。これからも、たくさんの絵本を描き続け、子どもたちの純粋な心から、パワーをもらってますます、若々しくなってください。本当におめでとうございます。


8月 22日 No.837
才はだれにでもある。だれにでもないのは'能'だよ!!

才は、十才、二十才の才。そして、才は見方を変えると、一見、てへんのように見える。そう、つまりその年、その年で本人が何をつかんでいくかを才と言う。そして、才を重ねながら大人になってゆく。大人になったとき、それまでにつかんできた、いろんな経験を活かすことを能という。活かし続けていくと、当然、応用力がつく。この力が合わさって能力という。だから、才をいくら経ても、経験を活かさなければ、能力は働かない。つまり経験を活かしたとき、はじめて自分だけの「才能」が芽吹く!


8月 21日 No.836
気合いは、入れなきゃ、入るはずないよね!?どこに入れるか分からなきゃ、気が合うまでそのまま生きるしかないね。

ちょっとだけ気合いがどんなときに一番出やすいか話しとくと、自分が好きなことをやってるときが一番出やすいわけ。何でかって言うと、好きなことを「したい」っていう意志と、している最中の自分の気持ちの乗り方とが「合う」ことが、周りの人が見ると、自然な形の気合いが入ってる状態になる。超一流の武道家が求める気合いとは、気合いが入りまくって充満しているのに、相手には自然体に見えるもの。それは子どもが好きなことをやっているときの、あの様に良く似ているという。もう、分かったよね、気合いをどこに入れるのか。ヒントみたいな答えになっちゃった。


8月 20日 No.835
やろうと思えばできるのに、別のことをやって損をする!

絵本を一冊読んであげることなんて、ほんとは簡単なことなのに、我が子に「先にご飯をたべさせなきゃ」とか「先におフロにいれなきゃ」など、絵本を読んであげることなんて、何てことないのに、別の何かを先にさせるものだから、我が子がぐずりだしたりする。もし、やろうと思えばできることを後回しにせず、先にやったとして考えると、こんな感じ。絵本を読んであげてから、「さぁ、なんかお腹すいたね。ご飯でも食べよっか?」て いったときの我が子は、心も満たり、お腹も満たれば、バンバンザイ!大人は効率主義で生きるなら、あえて天秤にかける材料をあげよう。やろうと思えばできることを先にしたときと、やろうと思えばできることを後回しにしたときでは、どっちが得でどっちが損か秤ればいい。


8月 19日 No.834
嬉しさを、仲間で話しあえることは、嬉しさが倍増する!!

今、代官山のヒルサイドフォーラムで、ほぼ毎日、五味太郎こと、我らが太郎兄やんが、夕方6:30より、夜9:00ぐらいまで、各界から著名人をお招きして、トークショーを開いて見える。そのトークショーの裏方で、話しを聞かさせてもらう機会に恵まれ、なんと贅沢な、話しの数々。会が終わると、嬉しくてたまらず、スタッフ同士で朝まで、わいわいガヤガヤ。これがまた、それぞれの印象に残った個所が違ったり、じ〜んとくるのが皆、同じだったりするもんだから、輪をかけて嬉しさが倍増する。さらにこれが、ある意味、復習になって、自分の体にいい話しが宿るような、おまけつき。嬉しいったらありゃしない!


8月 18日 No.833
人がああ言う、こう言うじゃねえんだよ。自分がどう言うかなんじゃねえの!?結局さぁ。

仲がいいほど、良くケンカするって言うけど、このケンカの場合、口争いや、意見の食い違いが元だったり、価値観の違いが原因だったりするよね。それで、親しい友達はわりとどちらの言い分も聞かされたりして、一方からは「あいつがこう言ってきたから頭に来て、こう言い返してやった」と聞き、もう一方からは「ああ言う言い方しかどうして、男って出来ないんだろう。だからね、ああ言う言い方をしてきたら、いつもこうやって言い返してやるの」とか、親しい友達はどちらも言い分が分かるものだから困っちゃうよね。そんなとき、挟まれた友達として、両方がいる目の前でこう言ってあげよう!「どっちも、今、自分が相手に、ここは悪かったなぁって思ってることをそれぞれ教えてよ」って。


8月 17日 No.832
一言の重みもあれば、2時間話しを聞いても、何にも残らない軽い言葉もある!

たった一言なのに、いやに耳にこびりついていて、なかなかとれない言葉があったり、ふとしたときに、ふっと甦ってくる言葉だったり、小さな見出しの一言が目に飛び込んだために、その言葉を言われたときの幼いころの自分にもどったり、一言に重みのある言葉が生きていると、必ず、誰の身体の中にも、ひっそり棲み着いている。かとおもえば、遠くからわざわざきたのに、全然、身体に残らない軽い言葉の連続のきちょう講演だったりする。でも、同じ軽い言葉なら、そんな帰り道、たばこ屋さんの「あんたさん方は、大阪の方からきたのかぃ?」って言う、あのものごしの優しいおばあちゃんの一言は本当に、落ち込む気持ちを軽くしてくれた。


8月 16日 No.831
チョットした勘違いが命とりってことがある!でも、命があったなら、心から反省し、一歩を踏み出すしかないんだょ、これが!

チョットした勘違いで、まったくなんの人の役にもたっていなかったり、人の仕事を余計に増やすことになり、その人に迷惑をかけてしまうことが人生には、起こってしまう。起こってほしくないんだけど、起こっちゃうんだよねぇ。そして、その原因を省ると、自分のチョットした勘違いが原因だったりすると、ほんとにガックリしてしまう。そのガックリしているところへ、もう、かんべんしてよーっていいたいけど、言えない話しが次々にきたり、怒られたり、死にたいよーな気持ちになるよねぇ。そして、朝、目が覚めると、あっ、今日も生きてる。生きてるってことは心から反省して、思い切って、玄関の扉を開けて、一歩を踏み出していくしかないんだよねぇ、これが。


8月 15日 No.830
それは理想だよねって言われてもいいじゃない!

知人に付き合って、企画会議に出席した。知人はその会議である企画をプレゼンテーションすることになっていた。会議には、4社各1人、4人がそれぞれの社運をかけ、練りに練った企画に熱弁を奮った。それで、僕は会議が終わり、会議中にきた、メールの返事をトイレの様式の個室に入り、そこの小窓から、急ぎのメールを打っていた。そしたら、僕が個室にいるのも知らず会議を開いた会社側の人が二人入ってきながら、「どいつもこいつも理想ばかりいいやがって。あんなんじゃ、予算は採れねぇーよな」「うん、そうだねぇ、もっと具体的なプレゼンじゃなきゃね」とぐちぐち文句を言いながら出ていった。僕は思ったね。4社に声をかけなきゃならないほど、あんたたちが会社の中で、企画を何十年もあげてこなかったから今、潰れそうなんだよ。あんたたちの会社は、社長を含め、理想を語るヤツがいないんだよ。だから、いつまでたっても会社自体が危機なのさ、と。


8月 14日 No.829
小さいことでも、何もやらないよりは、確実に自分の心を太くする!

大人は小さいことで認められるよりも、何か大きな手柄を狙って、一気に認められ、上に昇りつめて行こうとする伏しがある。そんなの戦国時代にあった、どちらか優勢になった方に加勢して、おこぼれ手柄みたいな方法じゃん。自分で、そんなせこい方法を選択しなきゃならない状況にならなくていいように、普段から小さいことを丁寧にそして、早くできるよう訓練しておけばいい。小さいことを丁寧に早くできるようになれば、突然、大きい仕事を頼まれても、おじけずにすむ。これがまた、いい結果を生むんだなぁ。


8月 13日 No.828
優しいからってイイ人とは限らないし、恐そうだからって悪い人とは限らない!

子どもは、見抜く力に優れているから、大人に少々、優しいくされたぐらいじゃあ、イイ人と思わない鋭さを持っている。逆もしかりで、恐そうに見える大人でも、何となく気になるのか、そばを離れようとしなかったりする。誰に教わらなくても、人生に大切な、それぞれの人が持つ、本質を見抜いたり、触れたりしてから判断していくことを、ちゃんと知っている。さすがとしかいいようがないね、まったく。大人は、やっぱり第一印象で決める人が多いから、子どもたちより圧倒的に素敵な出逢いが減るのさ!


8月 12日 No.827
人間だから、頼りなくても生きていられるんだよ!

自然界で頼りないものは、より強いものに襲われ食われてしまう。でも人間界では、頼りなくても生きていられるよね。それは、頼りないもの同士の、ほんのわずかな力を出し合って、身を守ることに秀でた生き物だから。その、ほんのわずかな力さえ出さないようにしちゃうと、いろいろ人間界でさえ生きにくくなるのは当然だと解るよね。生きにくくなったときだけでもいいから、少しだけエネルギーを使ってでも、その生きにくさから逃げ出そうとしてみようょ。必ず、ほっと安らぐはずだから。


8月 11日 No.826
初めてのことは、大人ほどしようとしない!

子どもたちは、なにがいいって、初めてのものに対して、やってみたいと思うと直ぐにやってみるってのがいい。でも大人は、大人になるまでの間に、やる前からの情報で、やるかやらないかを決めたり、やらない理由を探したり、とにかくやるまでに時間がかかるのだ。最近の子どもたちは、そんな大人のうつし鏡のように、直ぐやろうとしない。する前に、少しためらいとは別の、何か、そうだなぁ、動くための理由を探しているような「間」が生じる感じがする。思うより、まず動く、というのが、子どもたちの行動の基であってほしいと思う。


8月 10日 No.825
「仲間がささえてくれる」って、信じられることほど心の芯に、ふさわしいものはない!!

子どものころは、心の中の芯として、親を信じられることほどふさわしいものはないと思う。でも、いつの日か、子どもが成長し、大人になり親もとを離れ、たった一人で社会をわたり歩かなければならないだろう。そのとき、親に変わる心の芯になるものが仲間なら、これほど心づよいものはないと思う。だが、この時代は誰もが仲間ができないと嘆く。キズつくことを恐れ、裏腹に表面的な部分は、仲良くできる仲間がいるが、心の希薄さはぬぐえない。そんな時代に僕は、自信をもって「僕には、いつでも僕をささえてくれる大切な仲間がいる!」と言い切れることは、それだけでも、バチが当たってもおかしくないほど幸せ者である。ほんとに感謝している。


8月 9日 No.824
今日は、みなさんのおかげで素敵な思い出をいただき本当にありがとうございました!

3日前から、クレヨンハウスの夏の学校に呼んでいただき、おかげで2泊3日の間、たくさんの人たちに出逢わせていただきました。みなさん、人生真っただ中の真剣な姿勢があり、僕の方が多くを学びました。何がいいって、能動的に学ぶ、自主的に学ぶ、主体的に学ぶといったオーラをみなさんが持っていて、そのオーラに包まれた空間で話しをさせていただくだけで、僕の身体の内に、こんないい言葉が潜んでいたのかって感じるほど、引き出していただいた。本当に自分でも信じられないようないい言葉を連発。話しながら、僕であって僕でないような不思議な感覚の体験をさせていただきました。心から、本当にお礼をいいます。ありがとうございました。みなさん、無事に帰路につかれますように!そして、クレヨンハウスの落合恵子さん、岩間さん、吉村ちゃん、最後に一緒に写真に写ってくれたスタッフのみなさん、僕のわがままに付き合ってくださり、本当にご苦労さまでした。講師のみなさんもいつまでもご健康でありますように。感謝V(^-^)V


8月 8日 No.823
長いこと殻に閉じこもっていた子が、殻をやぶって出てきたら笑顔で迎えてあげようよ!

学校に行けなくなった。外に出れなくなった。何もしたくなくなった。自分が何かわからなくなった。ほんの少しの出来事から、かなり大きなショックを受ける出来事まで、生きていれば、だれの身にも起こる可能性がある。アン・ラッキーにもその境遇に触れてしまい、殻に閉じこもってしまうのは、人の弱さとして当然のことだろう。周りの人がいくらあせってもしかたのない日々が続く。本人も苦しいだろし、周りの人たちも苦しいことだろう。でも、そんな周りの人たちがあきらめず苦しいながらも、殻からいつか出てきてくれるだろう、と信じて待って苦しい日々を重ねたからこそ、殻をやぶってほんとに出てきてくれるのだと思う。泣けてくる気持ちはわからない訳ではないが、願わくば、よくがんばったねと、笑顔にこめて、出迎えてあげてほしいと思う。


8月 7日 No.822
まじめに何かに取り組むこと!を親子で体験するには、夏休みはもってこい!

夏休みには名物の、工作の宿題ってのが子どもたちに出るよねぇ。その宿題を、親が手伝うのもまた、名物だよねぇ。ちなみに僕が子どものころは、5、6人の友達と一緒に作るのが、めちゃくちゃおもしろかったのを今もハッキリ覚えている。僕の親父は宮大工の息子なので、木を使わしたら、それはそれは上手すぎて、とても小学生が作ったものとは、思ってもらえないので、結局、自分たちで作ることになった。今は、お母さんがお父さんに「夏休みの工作の宿題、今度の休みに手伝ってあげてよぉ」みたいに、息子の陰で頼んでいる家庭が多いようだ。本当は息子本人がお父さんに頼みにいけば、お父さんもごきげんなのに。でも、親として手伝ってあげたいのは事実だし、手伝ってあげるなら「まじめに何かに取り組む」ってのは、こういうことだって口で言うんじゃなく、背中で語る絶好の機会だと思って手伝ってあげてほしい。あくまでも、親の方が夢中になって完成してしまわないように!あくまで手伝うんですよ。最後の仕上げは子どもにさせてあげよう。


8月 6日 No.821
ドキッとするような感動を求めているなら、とまってちゃーダメだよ

僕の後輩の嫁さんからある相談を受けた。子どもはまだいないので、自分の人生についての相談だった。詳しいことは言えないが、おおざっぱに言うと、彼女は、今まで生きてきて、これがしてみたいって言えるだけの、してみたいことが解らないし、好きなことも別に、これといってないらしい。自分も、その何か好きなものさえ見つかれば、自分の足りないものが埋まって、上手く人生がいくような気がしているのだそうだ。僕はある絵本を読んだ。そしたら彼女がこう言った。「こんなドキッとするような絵本がなるなんて。私も、なんだかんだいって、ずっと、とまっていたのかなぁ」と。そのセリフに、僕はドキッとして、嬉しくなった。どうやら彼女は、ようやく自分自身と対話し、自分の「力」で、大切なことに気づいてくれたようだ。


8月 5日 No.820
人の怖さに触れることもあれば、人の強(コワ)さに触れることもある!

自分が、良かれと思ってしてあげたことが、人に思わぬ迷惑をかけてしまっていたりしたことを知ると、何ともいえない焦燥感にかられ自信を失ってしまう。その手の自信を一度失ってしまうと、しばらく人に会うことがとても怖くなったり、外に出れば人に会ってしまうため、表に出ること自体、怖くなったりする。そんな心の悩みをかかえた人でも、家族や仲間のあたたかさ、他のふとした何かのきっかけで、その状態を乗り越え、少しづつ自信を取り戻していく。そんな姿に、心から、よくあの辛さを乗り越えられたなぁ、と感動させていただくと同時に、人はあの辛さを乗り越えられる強さも、だれもが秘めているのだ。僕も、もっとがんばらなければ。


8月 4日 No.819
はなはだつきなみではございますが、やっぱり最後は愛情だよね!

愛情をもって人に接する、なーんてよく耳にするけど、いったいどれほどの人が、この時代に、心の底から「そうだよなぁ」と思える人がいるのだろう。「そうだよなぁ」と本気で心の底から思える人は、人に裏切られたり、人間関係で自分の人生経験が未熟だったために、何度かキズついたり、人をキズつけたりの悩みを乗り越え、それでも、自分だけでも人に、愛情をそそいで行こうという、意志をもっている人であるとも言える。そんな愛情をもって人に接する人がどんどん増えてほしいものだ。


8月 3日 No.818
どんなに身体が疲れそうなことでも、そんなことなんか気にせず自分から進んで、身体を動かすことが好きな人がいる!

緑地公園で汗をダラダラ流しながら、キャッチボールをしている若者たちに、知らないおばさんが声をかけて「夏はただじっとしているだけでも、汗が出るのに、わざわざキャッチボールをするために、ここまできて汗なんかかかなくたっていいのに」と言われていた。その若者たちはたまたま、キャッチボールをしたくなったのが、暑い夏の一日だっただけで、僕なんか真冬でも冷たい風が吹こうがキャッチボールがしたくなればしてしまうほど、身体を動かすことが好きなのだ。身体を動かしたりすることがキライな人や、動く前から汗かくからとか、暑い寒いからとか、やる前から疲れそうだなぁと思うからって理由で結局、身体を何年間って動かさない人は、患いごとで、リハビリをしなきゃならないことにならなきゃ、身体を動かさないよね。そんな人には、身体を動かすことが好きな人の気持ちなんか解らないよ。


8月 2日 No.817
目は心の窓っていうけど、あかちゃんの瞳って、ほんとにキレイだから、心もキレイなんだろうなぁ!

僕が、本屋さんで、本を探していると、僕の横にきたお父さんは、左胸に女の赤ちゃんを抱いていた。赤ちゃんは、パッチリ目をあけて、お父さんの左肩をまくらにしながらこちらをみていた。その瞳のなんてキレイなこと。その瞳が、蛍光灯の光をいくつも拾うものだから、海の中でキラキラしている石を発見した感じがした。その瞳に見惚れていると、なかなか赤ちゃんがまばたきしないので、僕の目の方が乾いて、まばたきを何回かしてしまった。そしたら、赤ちゃんが首をぴこっと起こして、ウぷウぷって笑った。その笑ったときの瞳が、いっそうキラキラと輝いた。心も輝いたんだろうな。でも、まさかなぁ、僕見て輝くわけないかぁ(笑)。


8月 1日 No.816
知らないことを、知らないと言えることや、解らないことを解らないと言えることを、学ぶという!

僕は一年に何個知らないことに出会えるか楽しみにしている。また、いろんな人に出逢って、語り合う機会を得たなら、その中で解らないことに出会うことも、それはそれで、楽しみにしている。知ったかぶりをしたために、細かい大切な話しをはしょられていたならば、それは損をしたことになるし、解らないことを、解ったかぶりしたなら、一生、本質を解からない、損をやらかしたことになる。それが愚かなことだと心底判ったならば、知らないことは知らない、解らないことは解らないと言えることを学び、知らなかったことを教えてもらえるし、解らないことを解るまで解いてもらえる、得となるのさ。