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3月31日 No.694 大人の笑顔が、たくさん見られるところの子どもたちは、やっぱり笑顔がステキ!! |
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| ある地区にいったら、出迎えてくれた人たちは皆、名刺交換などせず、「あきひろさんですか?今日は絵本を読んでくれるそうで、何か、子どものころに帰ったみたいに、きのうの夜はわくわくして眠れませんでしたぁ。あははは」みんな、すがしがしい笑顔の持ち主で、こっちまで笑いがこみあげてくる。そのまま、子どもたちに会いにいったら、「あっ!絵本、読んでくれる人がきたぁー」と女の子がいうと、一斉に僕の方を見た。その、すべての顔が、ステキな笑顔ばかりだった。まだ、絵本も読んでいないのに、そんな感じのイイ笑顔を見せられたら、僕は必要ないような気がした。 | |
3月30日 No.693 子どもが服を汚して帰ってきても叱らないでおいてあげようよ!! |
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| 朝からお母さんが、大声で幼い兄弟を叱っている。「なん回言わせれば分かるの!これを見なさい。ちゃんと見なさい。ほら、ここ!ここ!ここも!汚れが落ちなかったじゃない!いーい、今度汚してきたら、自分たちで洗いなさい!」と。兄弟は泣くばかり。そして、弟が泣きながら「ママぁー、ママぁー、もう遊びにいかないからぁー。あーん」と言った。弟がこういう言い方をしたということは、こんなに叱られたのは、外に遊びにいったせいだ。外に遊びに行くと服を汚すことになり、ママに叱られる。だったら遊びに行かなきゃ、叱られない、と思ったにちがいない。どうせ子どもの服は、一年づつ着れなくなるもの。(最近は、お兄ちゃんのおさがりを着まわさなくなった。弟たちがお古を着るのを嫌がるから) お母さん、できればあんまり服を汚しても、叱らないであげてください。外で子どもが遊んでいる姿が減ったなぁと言われるこの時代に、男の子が、服を汚して帰ってくることは、とっても貴重な体験をしてきた証だと思うなぁ。 | |
3月29日 No.692 大人は何かを感じとろうと頭で思うばかり!子どもは何かを常に全身で感じとってしまう! |
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| 大人は、何かを感じようとしても、えっ!?今、何か言ったぁ?とか、今、何か見えたぁ?とか、今、何かの味がしなかったぁ?とか、今、何か臭わなかったぁ?とか、今、何か触れたぁ?など、自分で感じたことに自信がもてず、すぐ、人に聞いて、今、自分が感じたことが間違いか間違いでないか、確認してしまうほど感覚が鈍い。でも、子どもたちは、とてつもなく鋭い。こんな鈍い感覚の大人が、鋭い感覚の子どもたちにいったい何を説くのだろう。共感できる感覚があってこそ、子どもたちは、「この大人だけは分かってくれる」と思ってくれるというのに。 | |
3月28日 No.691 言うがままに見える子どもらでも、言うがままにならない部分がある! |
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| 何でも言うことをよく聞く子どもに見えていても、必ず、譲れないものを持っていたり、大嫌いになる理由があったり、引くに引けないこだわりがあったり、これだけは恐くてできないと思っていたりするものである。そのことを大人はよく知っていないと、「今まで、こんなことでぐずったことはなかったじゃない」という勝手な思いこみが、子どもを追い込む結果を招くことになる。3歳以上は、みな、何かしらの自意識がちゃんと芽生えていることを知っておいてあげてほしいと思う。 | |
3月27日 No.690 知ってたぁ、子どもは、お父さんの怒鳴り声は心臓が飛び出そうになって、お母さんの怒鳴り声は体がビクッてなるんだって! |
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| 先頃、幼児の生態学(2歳〜6歳)で、いろんな音を聞かせたときの精神状態や心拍数に関する調査をしたらしいの。それで、幼い子は、お父さんの怒鳴り声を聞くと、心臓が口から飛び出そうになるぐらい、ビックリするんだって。これは、成人男性と女性を目隠しした状態から、目の前にへびをぶら下げ、目隠しをゆっくり取ったときの数値に、かなり近い数値だったらしいの。お母さんの怒鳴り声の場合は、ホラー映画で、いきなり暗闇から襲われたり、し〜んと静まりかえっているときに、ある音域まで達した音を聞いたときの数値に、近いことが分かったの。体ごとビクッてなるやつね!どっちにしても、お父さん、お母さんの怒鳴り声は、幼い子どもにとって、心臓や精神には、非常に危ない状態に、一瞬、なるらしいので、親のみなさんは、心して声を発してください。 | |
3月26日 No.689 親が、精錬潔白っぽく子育てしていると、子は、肝心なときでもないのに、納得しない限り、前に進んでくれなくなってしまう! |
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| 親が、我が子を思うあまり、これはこうなるから良くない、あれはああなるから悪い、こういう場合は、こうすれば失敗しない、といった精錬潔白っぽい言い方をしていると、子どもが「何で?」と自分で考える前にすぐ聞くくせのようなものがついてしまう。世の中にでれば、それはそれは数えきれないほどの、納得できないことばかりなのだから。つまり、納得できないまま進んでいかなきゃならないってことの方が多いわけ。納得して、一つづつ進んでいく姿勢は、とてもいいことだけど、それは肝心なときまでとっておけばいい。これだけ時間や仕事に追われる世の中じゃ、すべての出来事にそうやって進んでいこうとしても、進ませてくれないのさ。時間がたっぷりありゃ別だけど。だから、ときどき、堂々と「わからないなぁ、これは。調べて、教えてよ」って、子ども本人に「こたえ」を探させてみよう。きっとたくさんの納得できないことに、本人が出会うから。 | |
3月25日 No.688 親が、我が子のできない点ばかり探していては、明るい子にならないよ! |
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| お父さんとお母さんが、我が子のできない点を、それぞれ気がつくたびに、注意していたのでは、子どもの明るさをどんどんすいとっているようなもの。子どもには、まだ社会がどんなところなのか解らないため、さまざまなミスを起こしてくるのは当然である。それを「こんなことをしていたら陸な大人にならないぞ」と怒るのではなく、それを我が子がしでかしてくるまでに、こういうことが起こる前に何故ちょっとだけ警戒しなさいょ、と言うことを話しておいてあげることができなかったのだろうと、親自身も省みる余地があるはずである。我が子のできるところ、いいところを誰よりも知っていてこそ、親である。社会に飛び立つまでに一つでも多く、我が子のできることは何か、知っておいてあげてほしい。それだけでも子どもは明るい子になるから。 | |
3月24日 No.687 なじみの駄菓子屋が、今はなじみのコンビニ。でもなじみの絵本は、そのまんまっつぅのがいいね! |
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| 今も運がいいと、お父さんお母さんの代からある駄菓子屋さんが残っていて、そこに我が子も休みになると、カードやお菓子を買いにうれしそうに出かけていく。僕の周りの駄菓子やは残念ながら一つもなくなってしまった。もっと運がいいと、親の代からのおじちゃんやおばちゃんが、まだ駄菓子にいて、「あんたのお父さんも、子どものころ、よううちにカレーせんべい買いにきてたわぁ」と親の子ども時代の話しまできけることだろう。そんななじみの店がどんどん減っている中、なじみの絵本が家の棚に残っていると、大切な子ども時代の体験を、何かにつけて我が子に語ってあげられることだろう。代々の思い出がつまったなじみの絵本は、残すことができるからね! | |
3月23日 No.686 幼いころから大事にしてるものを、今も持っている人に、出会えなくなった。 |
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| 子どもたちに、ものを大事にすることを教えたいなら、親が「これは、俺が子どものころ、親父と一緒に桜まつりに出かけたとき、買ってもらったやつなんだぁ」といって、現物を見せてあげるだけで計り知れない説得力がある。だが、残念なことに、ものが豊富になりすぎて、まだ使えるのに、型が古いというだけで、捨てられてしまう今の世の中では、ものを大事に扱うことに、説得力のある言葉を探す方が難しい。形あるものはいつか壊れてしまうかもしれないが、それを壊れないようにすることを「大事」というのである。 | |
3月22日 No.685 「子どもが何を待ってるか!」を、直接、子どもに聞いてどうするの? |
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| 子どもが、何を待っているかは、聞かなくても見てれば解るもの。大きく分けて、短期のものと長期のものに分かれる。短期は比較的「欲しいもの」が多く、長期は「夢や希望」が多くなる傾向をみせる。どちらにしても、子どもに直接、聞いて、子どもから、全て返事が返ってきたとしても、その全てを叶えてあげることはできない。まぁ、だいだい子どもの口から直接、聞こうとしても、子どもから「何も待っていないょ」とか「別にぃー」と言われてしまうだけなのだが、親や大人は「何かを待っているはず」という思い込みから、子どもから聞きだすまで、しつこく聞いてしまうのである。つまり、子どもが何かをいいに来るまで待っていられないのである。子どもは、何でも聞いてくることが、なくなることを「待っている」かもしれないのに。 | |
3月21日 No.684 まず、子どもに選ばせてあげる。このタイプの大人が、居そうでいないんだなぁこれが! |
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| 子どもが、「これがいい」って言いながら、おもちゃを選ぶ。ファミリー・レストランに夕食を食べに行き、メニューの中から、いきなりデザートのパフェを選ぶ。高校受験や大学受験で、ええ〜っ!て、親がびっくりするような理由で、希望校を選んでくる。年頃になり、家に、とんでもない彼女や彼氏を連れてきて「結婚したい」って、結婚相手を選んでくる、などなど。子どもが選んでくるには、必ずワケがある。ワケを聞いてから、いろんなことを説いて聞かせてあげようよ。そしたら、「選び」の精度が格段にあがるから。くれぐれも、選び方を口ばしらないように。人生の岐路にたったとき、何にも一人で選べなくなっちゃうよ。 | |
3月20日 No.683 子どもに好かれていない大人か、好かれている大人か、子どもは簡単に見抜いてしまう! |
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| 子どもたちは、本当に、怖いし、恐ろしいなぁと思う。芝公園のベンチで本を読んでいると、ジュニアリーダーが、子どもたち30人ぐらいを引き連れ、掛け声の指導を始め出した。上級生らしき子は、その掛け声を正確に、はきはき大声で復唱する。だが、下級生になればなるほど、不正確になり、だんだん声まで小さくなっていく。「なんだぁ、その掛け声わあー!もう一度やりなおし」と何度もしている。そこへ、もう一人「ごめん、ごめん」と言いながら遅れてジュニアリーダーがやってきた。そのとたん、みんなが掛け声をするのも忘れて全員笑顔になり、子どもたちの雰囲気がパァーと明るくなった。そして、その人が「じゃ、俺代わるわぁ。みんなぁー、あの木に止まってる鳥が、びっくりして飛び立つぐらいの声を出して行こう。せーの」と言って、掛け声を始めたら、なんと、上級生から下級生まで、大声の一発OK!あきらかにそのジュニアリーダーは、子どもたちに好かれている感じだった。 | |
3月19日 No.682 子は鎹(かすがい)って、最近聞かなくなったなぁ! |
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| 昔は、大人どおしの会話の中に、子は鎹(かすがい)っていうセリフをよく耳にした。もともと、鎹は、大工さんのような職人には、かかせないものだった。なぜかというと、家や橋など、材木と材木をつなぐための釘のようなもので、丁度、ホッチキスの弾のような形の太くてでっかいやつと思ってもらえればいい。それで、棟や梁をつないだり、大梁と小梁を組んで、そのあとに鎹を打ちこんで固定したり、ふたつの材木をつなぎとめておこうとしたものだったため、転じて、「子は、夫婦の鎹」などとして使われたわけ。犬も食わぬ夫婦ゲンカがこじれても、夫は夫、妻は妻で、ちょっと度がすぎたかな?何にしても我が子の見てる前でカッコ悪い姿を見せちまったなぁ。この子たちのためにも、素直に謝ろうと反省し、夫婦の心と心をつなぎとめるのは、やっぱり我が子だ、ということから、子、イコール、鎹を指すのさ。いつも最後に、夫婦の心をつなぎとめておいてくれる子は、命より大切な、命道具みたいなもの。だから大切な鎹をはずさないように! | |
3月18日 No.681 問いかけじゃなく、語りかけることこそ、親心! |
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| 親が声を発すれば、いつも、あれはどうなった?これはどうなった?あれはしたの?これはしたの?宿題は?学校からのプリントは?お腹空いてない?寒くない?など、家に帰ってきて、問いかけばかりでは、答えを返す子どもはゆっくりしない。問いかけと語りかけは、子どもがゆとり持つか、持たないかに現れ、さらに答え方に異なりをみせる。親の問いかけは、子どもが答えるばかりで、子どもの方が、親に聞きたいことを問いかける余地がないのでゆとりを持てず、答えることに疲れ、だんだん答えなくなる。対して、親の語りかけは、子どもの方から、聞きたいことや語り返しの余地があるので、ゆとりを持ち「それで?それでどうなったの?」など、興味津々で耳を傾けてくれるのである。 | |
3月17日 No.680 どんな職業でも必ず、その道では右に出るものはいないと云われる人たちがいたもの。 |
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| つまり、その道の神業を宿した、ある域に達した人のこと。昔は、その職業につくまでに、家族から根気を授けられていた。泣こうがわめこうが、やりきるまで、ご飯を食べさせてもらえなかったり、家に帰してもらえなかったり、そういう子ども時代を経て、訳も分からず親のいいなりで、その道の丁稚として家をだされ、その道で下足番、下積み、手習い、側掛け、黒子、端子、弟子、真打ち、暖簾わけ、職人、一生でたった一度の大仕事となるまでの根気があった。だからこそ、自らの妥協を一切許さない姿勢が生まれ、後生まで、みながほれぼれするような、根気のいる仕事を仕上げ切ることができた。だが、今、会社に入って、始めて根気の何たるかを知らしめられるようでは、何の仕事も手習いの連続になって当然であろう。根気がある者が、ここまでやりきってと思っていても、早く帰れ、休みは使いきれ、早くやめろでは、その道の根気が育つ訳はない。 | |
3月16日 No.679 学校の帰り道に、歌を歌いながら帰る子どもたちの姿を、久しぶりにみれた。 |
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| 何年ぶりに見ただろう。ひょっとすると十年以上たっているかもしれない。単車の手入れをしていたら、7,8人の子どもたちが、流行の歌謡曲を歌いながら歩いてきた。小学校2,3年生ぐらいの男の子と女の子が仲良く歌っている。ワンフレーズづつ歌い終えると、輪になってジャンケンして一番勝った子が「じゃ、この歌は知ってるぅ?♪♪〜#♪」「知ってる、知ってる」「だったら次はそれ。せーの♪♪〜#♪」男の子も女の子も大声を出して歌を歌って帰っていった。僕はとてもじゃないが、あんなテンポや歌詞を、あれだけ早く歌うことはできないのでめちゃくちゃうらやましかった。何にせよあの子たちに、とてもほのぼのとした、いいものを見せてもらった。 | |
3月15日 No.678 「あの子は気移りが激しいからさぁ」って女性同士の会話でよく聞くけど、男も女も、最近はみんな気移りが激しいんじゃないかなぁ。 |
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| この不景気だもん、今よりちょっとでも条件がいい話しがあれば、そりゃ誰だって飛びつくと思う。飛びついて3日もしないうちに、またそれ以上にいい話しを聞いたとたん、さっさと次へ飛び移る。そして、さらに、と。政治も仕事も恋も車もファッションから子育てまで、何でもかんでも。だから気移りが激しい人がうじゃうじゃ増えても全然、不思議じゃない。つまり、現代人は次から次へ「欲望」に満ち溢れ、我先に、と、みんな思っているわけ。昔から伝わる、ことわざに、この状況にぴったりのがある。それを「意場心猿」イバシンエンという。 | |
3月14日 No.677 子どもがものを無くしたとき、ぐずってでも見つけようとするのは、自分の「ささえ」が無くなってしまいそうになるから。 |
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| JR品川駅の改札口で、幼い男の子がお母さんの足をぽかぽかたたきながら大声を張り上げて泣いていた。「あ〜ん、あん。ママがちゃんと見ててくれなかったから、どっかにいっちゃったぁー。あぁーん」「どうして、ママのせいになるの!自分が悪いんでしょ!しっかりもってないから無くなるのよ!さぁ、もう行くわよ!」「いやだぁー。あ〜ん。見つけにいくぅー」「だめ!もう!ママは今から用事があるの!」と言って泣いている男の子を抱き上げた。ひときわ大きな声を張り上げ、手足をばたばたさせながら、男の子が最後の抵抗をしたが、そのまま連れられていった。もし、お母さんがちょっとゆとりがあって、駅員に我が子の落とし物を届け出てあげるだけでも、随分、男の子の気分は違っただろうに。相当、大事にしていたんだろうなぁ、それを!そして自分を! | |
3月13日 No.676 仮は実体のないもの。借りは実体のあるもの。どっちも子どもは楽しいんだろうなぁ。 |
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| 「仮に、もし・・・だとすると」という言い方があるように、本当の在り方ではない表現となるのが「仮」。対して、「・・・を借りてきた」とか「・・・に大きな借りができた」など、モノと言う実体や、すでにお世話になって感謝している実体が本当に在る表現のとき、「借り」。この両方を、感性豊かな子どもたちは、絵本の世界で楽しんでしまう。絵本の中の、仮の世界に入りこんでは楽しみ、その話しからヒントや勇気を授かり、その力を借りて、また外に遊びにいっては、楽しむのである。 | |
3月12日 No.675 分かっちゃいるけどやめられないってこと、大人でもあるでしょ。それが、はんぱじゃなく多いんだろうなぁ、子どもわぁ! |
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| 僕が分かっちゃいるけどやめられないことの中に、たばこがある。百害あって一理無しって言われるほどだから、昔から、体には、良くないものだってことは分かっている。でも、僕の精神には非常にいい感じ。禁煙ブームだから、喫煙場所でしか吸えなくなってきたけど、それでもやめられない。女性でも、それぞれの理由で甘いものを控えなきゃ、と分かっちゃいるけど、どうしても甘いものがやめられない人もいると思う。そこへゆけば、感性豊かな子どもたち、当然、大人の何倍も、「分かっちゃいるけどやめられないモノ」や「まだ全然、分からないことが多くて、それが面白くて、やめられないモノ」を、たくさん宿していても不思議でないのさ。 | |
3月11日 No.674 ふにゃふにゃで生まれて、段々、柔らかさが減って、最期はだれもがかちんこちんで逝くんだよ! |
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| ちょっとしたお見舞いで、生の喜びと死の悲しみにほぼ同時に出遭ってしまった。総合病院の棟を間違えたことに気づかず、連絡をもらっていた部屋を尋ねたら、医者と2名の看護師とその家族が泣いていた。ハッとして、その階のナース室で確かめたら、隣の棟だと分かりようやく、見舞いにいけた。お母さんになりたての奥さんが、赤ちゃんを見ていってください、といってくれたので覗きにいくと、たくさんの赤ちゃんの中で、その赤ちゃんだけが目をあけていたのですぐに分かった。ふにゃふにゃだった。何もかも柔らかなオーラに包まれていた。 ☆「どうか、この子の将来が、幸多き人生でありますように。いつまでも柔らかであれ」☆ |
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3月10日 No.673 子どもの将来は、いろんな可能性に溢れている! |
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| 結論から言うと、子どもの将来が、いろんな可能性に溢れるか溢れないかは、親、次第。例えば、イチローの親やタイガーウッズの親は野球なら野球、ゴルフならゴルフという具合に我が子の道を一つに絞り、その道の可能性を家族ぐるみでバックアップする形。職人・歌舞伎などの日本芸能など、その道に生まれもってして生まれて来た子もそうかもしれない。他には、この子が将来、何になるか分からないから、この多感な時期にいろんなことを親が勇気をもってさせてあげる。音楽から多少危ないことも含む。例えばハンドクライミングやトライヤルバイクなど。将来、花が開くよう、可能性の種づくりとして沢山の種類を体験させてあげる形。どんな親も我が子の将来は、明るい可能性の方がいいと思っている。または、我が子の将来に明るさを感じたいはず。それなのにやっぱり多くの親は、よく勉強していい学校に入って、いい会社に勤める形を望むんだろうなぁ。なんかいろんな可能性に溢れる感じはしないよねぇ。う〜ん。 | |
3月9日 No.672 家の中の会話は、ユーモアたっぷりで! |
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| 今、親も子どもも家は「疲れて帰ってくる所」「疲れたとき、帰る空間」に近い感がある。それを和らげてくれるのが会話の中のユーモア。これは、親が主導権を握っているので、親が我が子に何かを言うとき、ユーモアを挟んであげるといいと思う。例えば、幼い子がいる家なら、テレビのチャンネルを変えたいと思うとき、「テレビよ、テレビ、チャンネルを1chから5chに変えたまえー」とアラジンと魔法のランプ風に。中学生のお子さんをかかえている方なら、夕食後に「今日はデザートなどご用意できますが、いかがなさいますか?お風呂のあとでもよろしいですが」と、三つ星ホテル風に。などなど、ユーモアはちょっとした会話の工夫なので、相手や自分自身を和ませる。けっして冗談をまぜるのではないのでご注意を!ユーモアと冗談は「思いの質」が全然違いますから。 | |
3月8日 No.671 能動的に行動する子は大抵、先生に叱られる! |
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| 能動的に動くとは、その子が自分で考え動くことによって作用があり、その作用が周りのクラスメイトに何らかの影響を及ぼすことを言う。例えば、先生が子どもたちに求める能動的な行動とは、体育の授業が終わり使った道具を、一人の子が率先してかたずけ出す。それを他の子たちが見て、クラスみんなでかたずける。そうすれば早いし、スッと教室に戻り、次の準備ができると考え、その初動を起こした子は、その先生からみれば能動的にうつることだろう。でも、能動的とは、そんな狭いものではない。体育の授業が終わり、すぐ教室に戻って、購買で消しゴムを買わなきゃと能動的に思っている子が、かたずけなんかしておられず走りだす。とたんに先生は言う。「おまえはみんながかたずけをしているのに、手伝わないつもりかぁ?」と。子どもは怒られながら思う。消しゴムがなきゃなかったであとで怒るくせに、と。そしてしかたなく、かたずけをしながら、その子は「能動的」に次の対策をねることになる。自分で一生懸命考えているのになぁ。 | |
3月7日 No.670 これしたいなぁと思うときに、すぐ思い直さなくたっていいと思う! |
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| ふと、どこかに行ってみたいなぁと思ったとする。さぁ、どこにしようか?アメリカにしようか、ヨーロッパがいいかなぁ、いや、オーストラリヤかニュージーランドあたりが今は夏だからそっちに行こうかなぁ、とかいろいろ思いを巡らせる。こんなひとときに、ちょっとだけ幸せを感じる。だが、ふと思いが広がりきったところで、「だめだめ、こんな時期にそんなこと考えていてわぁ」と思い直してしまう。つい今しがたの幸せな気持ちがふっとび、自省してしまう。もったいないなぁ。こういうときは、「今のところ、すぐには行けないが、近い将来、必ず行けそうな気がする。そのときまで今の案をあたためつづけよう。今日はここまでにしよっと」と思い、気持ちの切り替えを図ってみようよ。せっかくの案だもん、思い直すことないよ。 | |
3月6日 No.669 体を鍛えて体を壊す。健康食品で健康を害する。へんなの! |
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| 体を鍛えるために、ハードなトレーニングをして、その最中に腰を痛めたりする。そして、その腰が治る間は、トレーニングが出来ないため、治るころには、せっかく腰を痛めるまでにつけた筋肉がしぼんでいる。そして、また、そのころの筋肉を取り戻そうと、よりハードなトレーニングを始める。また何かの弾みで体を故障させてしまう。一方では健康管理をしっかりしようと、健康食品に重点をおいて、食生活を始めたら、その日からゆっくり、眠れなくなり、職場でもプライベートでも集中力がなくなり、その夜、なんとか寝ようとするがゆっくり眠れず、また、何をするにも身が入らない次の日を送り、気がつけば、体を患っている。へんなの?健康はよく笑い、よく食べ、よく眠るが基本のはずなのに! | |
3月5日 No.668 より高くジャンプするためには、姿勢を落として、弾みをつけるのさ。 |
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| 何事も勢いをつけるためには、縮んだり、しゃがんだりして目線がさがる。つまり、バネのように、一度完全に下まで縮ませて、手を話せば、上に向かって、勢いよく跳ねる。人生も、よく似たことが起こる。何か、大きな企画を立ちあげるためには、真面目でとても地味な、こじんまりした動きが求められる。外からみれば、派手さがなくなり、一見、勢いがなくなって、落ちこんでいるように見えるかもしれない。でも実は、それは落ち込むどころか、目線を一度下げることによって、より上まで手をとどかせるための動きなのである。 | |
3月4日 No.667 子どものしたたかさが怖いんじゃねえよ。したたかにさせた大人が怖いんだょ。 |
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| 大人が決めたルールに、子どもをのっからせようとするから、子どもがどんどん、したたかになってゆく。そりゃそうだ。だって、大人の決めるルールって、いつも窮屈だからね。リベラルな部分を残しておいておこうとする、ふところの深さがないから、子どもはしたたかさという術を身につけざるをえないのさ。大人はこうすれば、子どもがいうことを聞く、なーんてモノがあると必ず飛びつく。そんな様子を子どもたちは「ばかみたい」と思っているのに、大人から言われたら「はぁ〜い」と言う。これは、子どもたちが、大人ってやつは、一応返事さえ、言ってあげれば、大人はそれで「分かってくれた」と思う動物だ、ということをちゃんと知っているぐらい、したたかなのさ。 | |
3月3日 No.666 朝まで語りあかすって、なかなか出来そうで出来ないことさ。 |
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| みなさんは、話しこんで朝まで語りあかした体験はもっていますか?僕は月に、何度も。情けないかな話し好きなのはもちろんだが、僕だけが話し続けているわけではない。みんなが感じたこと、疑問に思ったこと、こんなことあんなことがあったと言うような、それぞれの体験談を、輪になって、飲んで、吸って、食べて、わいわい朝まで語り合う。これがめちゃくちゃ面白い。結論がでない会議はつまらないが、その日、出会った人間が、意気投合して朝まで語り合うのは、結論がないから面白いのだろう。それともう一つ。誰か一人でも「明日、仕事があるんで、先に帰ります」と言う人間がいたら、朝までなど語り合っていられないだろう。みんながみんな、その場の雰囲気を楽しめないと、朝まではムリなことだと思う。みんなの気遣いがあってこその楽しい語り合いに感謝したい。 | |
3月2日 No.665 行けたら行くっていう言い方をする人って大抵、来ないよ。 |
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| 大人で、行けたら行くっていう言い方を使う人は、相手に体よく断っているつもりなのだろう。当日、本当に来なくても、行けたらって言ったじゃねえか、だから、行けない用事が出来てしまったんだよ、という意味なんだろう。大人のくせに何で誘われたときに、さっと手帳を見て、「んー、その日は行けそうにありません。せっかく誘っていただいたのに、申し訳ない」と言えないのだろう。行けたら行くっていう言い方をする人たちが、もし、子どもたちにも、この言い方をしたら、子どもたちは、間違いなくその大人を信用しない。そればかりか、「大人のくせに、自分のスケジュールも分かんねぇのかよ。いつも、俺たち子どもには、はっきりしろって言うくせに、自分だって、ぜんぜんはっきりしねぇじゃねぇか!!」と反感をたっぷり買うことを知らないんだろうな。本当の大人は、行けたら行くって言った日に、本当に行くんだよ。だからカッコイイんだよ。それを、するつもりがないんだねきっと。悲しいねぇ。 | |
3月1日 No.664 何を聞かれているかを、ちゃんと聞いていれば、ちゃんと答えられるのになぁ。 |
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| 昼すぎに銀行によった。窓口はどの列もとても混んでいた。僕の前にいたおばさんが、近くにいた係りの人に声をかけた。「一日の内で、何時ぐらいが一番、空いていますか?」と。僕もそれはいい事聞くなぁと思った。そしたら、係りの人がこう言った。「いつも混んでます」と。そしたら、おばさんが「そんなことは分かっているの。私が聞きたいのは、混んでいる中でも、一番空いている時間帯を教えてほしいっていってるの!」と言うと係りの人が「はぁ?うちに限らず都内の銀行は、どこの銀行も混んでいますので」といった。「もういいわぁ」とおばさんはその言い方と答えに飽きれてしまった。その気持ち、めちゃくちゃわかるなぁと思っていると僕と目が合った。だから僕が係りの人の代わりにこういってあげた。「もちろん、日によって違いますが、だいだい一日を通して、午前中なら10:00から10:30ごろまで、午後なら、2:20ごろから閉店までに来れば空いていますよ」と。おばさんは「そう、そういうことが聞きたかったのよ」と言ってくれた。 | |