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| 8月31日 人間は、自然の猛威の前に、ただひれ伏してきた訳じゃない。昔から命をかけて切に祈りを捧げてきた。 |
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| 今は、科学の時代だから、気象衛生で地球のどの位置に台風が発生したのか直ぐに解る。だが、台風を消滅させる科学の力を得てはいない。昔の人たちは科学は知らなくても、天変地異に命がけで立ち向かった。山神様の怒りに対し、海神様の怒りに対し、雨が降らぬ乾期に対し、雨が降り続く雨期に対し、常に命がけで、人々のために祈りを捧げてきた。これがどの地区も祈りが通じ伝説を生んでいるのだ! | |
8月30日 潮に、満ち干きがあるように一日にも満ち干きがある。 |
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| 潮の満ち干きは、イメージしやすいと思う。では人の一日ならどうイメージすればいいか。僕の場合は朝、起きて寝るまでの間を一日とおく。仕事が終わった時点で「今日も一日が終わった」とは思わない。あくまでも寝るまでとし、その日を振り返り、朝、気分が満たったところ、昼の気分が乗らなかったり干いたところ、夜に向け気分がどう満たっていったかを見つけるのだ。これがけっこう楽しい。なぜなら潮目が読めれば、明日の満ち干きが楽しみなるから。 | |
8月29日 たくさんの出逢いが自分の心の中にたくさんの引き出しを創る。 |
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| 出逢えば出逢うだけ、いろんなタイプの人を識ることになる。例えば、イイ感じの人でも3タイプある。好い人、善い人、良い人など。ここでまったく反対のタイプの人に出逢うと引き出しが増える。単純に嫌な人、悪い人、邪なる人。そしてどちらでもないタイプの人、すべて。これを識ることで、自分の心の中にイイ面もワルイ面も似たタイプがいないか、チェックする。このチェックを丁寧にすればするほど、自分の中の引き出しを整理し、増やすことになる。 | |
8月28日 なかなか人生は思うようにいかない!そうは云っても、なかなか人生はすてたもんじゃない。 |
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| なかなか人生は思うようにいかないことをしりながら、十の内の一つ、百の内の一つ、思う通りにいかせようとしていると、ときに、思い通りにいくことが起こる。これもまた人生の妙である。この体験を味わうことのできる人は、なかなか人生はすてたもんじゃないことを識る。つまり人生は、自分の姿勢次第で、なかなか思い通りにいかないように見えて、いかせられるチャンスが何度もある、ということ。 | |
8月27日 言葉に魂を込めたとき、言魂っていうのさ! |
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| 親の声はなぜか、よく耳の奥にこびりつく。だから親が話す、言葉は、慎重に選びたい。その地区の方言だってかまわないと思う。親がさらに魂を込めて言葉を飛ばすならば、我が子に刺さらぬはずがない。刺さっていれば、必ず、ふとしたときに我が子が親の言葉を思い出す。いや、先生の一言、近所のおばさんの一言でも、そこに魂を込められた言葉は、言魂として躰の中に棲みつづける。これが自分の人生にどれだけ救けとなるか、本当に感謝すべきである。 | |
8月26日 人間はさぁ、自分が悩みをかかえていても、人が落ち込んでいると思わず励ましたりするほど、根は優しい生きものなのさ! |
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| 悩みから逃れたいと思っていても、その悩みから逃れられない自分がいる。このやっかいな自分を、なかなか私自身で何とかすることができないのに、身内や友達が困っているとほっておけない私自身が現れる。このとき、私自身は、やっかいな自分を忘られる。人間の躰は、本能的に悩みから解放されることを頭の中の自分が解らなくてもしっている。それは、人への優しさ。 | |
8月25日 誰でも、怒られたときがあるもんさ。だから切り替えて元気だしていこうぜ! |
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| ガキの頃、「人間は怒られへんようになったら、おしまい!」って、言われながら、よくいろんな人に怒られた。その頃は、「じゃ、怒らんだらええやんけ」と思っていた。皆が、僕の顔を見たら、何か怒ってきてた(笑)。僕が、怒られる事の多くが、度がすぎることによるものだった。ガキの頃の僕は、どこからが度を超えることになるのか加減がまったく解らなかった(笑)。でも親父が「めげずに元気だしていけ」と本気で言ってくれた! | |
8月24日 みんなが意思をもって何かすると何をしても楽しいねぇ! |
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| みんなで何かするためには、大きく分けて三つのパターンがある。一つ目は誰か言い出しっぺが「この指とーまれ」と言って、したい子だけがとまって、かくれんぼしたり、鬼ごっこしたりするパターン。二つ目は、かくれんぼをしたいなぁと思った人が、「ねぇ、昼休みにかくれんぼしない?」と、一人づつ誘っていくパターン。このなかには断れずに、しかたなくしている人もいる。もう一つのパターンは悪ガキが「かくれんぼするぞ!」と、相手の意思は関係なく実行するパターン 。このとき楽しいのは悪ガキだけ。みんなが、一番、楽しいのは、当然一つ目! | |
8月23日 屋根は瓦、一枚一枚が集まって屋根!人生も同じ。 |
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| 自分の人生をかけて屋根を創るとし、瓦、一枚一枚が、毎日毎日ということとする。毎日をきちんと、はめ込んでいかなければ人生の屋根は出来上がらない。その毎日をきちんとはめ込むためには、指先に感じるしっくり感が有るか無いかになろう。つまり毎日の出来事を寝る前に振り返り、「今日の俺はよくやったなぁ」とか「私、今日はちょっと失敗したなぁ」とか、その日の自分にしっくりくる言葉をみつけてみよう。きっと人生の銀屋根に包まれるれるだろう! | |
8月22日 ちょっとしたことに、ちょっとだけ意識をもつ! |
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| 人生の壁はいくつやってくるのだろう。壁を突破できたときは、達成感が湧いてくる。そして、またよく似た壁が人生にはやってくる。しかし、今度は同じようにいかない。ちょっとしたことが、きっかけで、なかなか突破できない。その原因は、そのちょっとしたことを、そのまま、ほったらかしにしたから。そうならないためにも、ちょっとした出来事が起きたら、もうちょっとだけ意識して見つめ直そう。必ず、壁を突破する糸口が見つかるはずだから! | |
8月21日 みんなが右を向いているとき、自分一人だけ左を向くことを恐れちゃいけない。 |
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| 北を正面に、100人1チームがAからJチームまで10チーム整列している。リーダーから「見るべし!」と不思議な号令がかかり1000人中、999人が「たぶん右だろう」と思い込み、右を見た。角度は違えど、皆ほぼ同じ東の景色を見ていた。しかし、自分一人だけが、左を向いた。自分の目だけに西の景色が飛び込んできた。ハッとしてリーダーと目が合った。叱られると思った直後、リーダーが「おまえのおかげで全てのチームが救われた。思い込みは大敵と知れ!」と言った。 | |
8月20日 親が親になるのは子どもの期待に応えたとき! |
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| 今、お母さんの多くは我が子に何かを習わせていないと、不安で仕方がない感じを受ける。「何に役に立つか解らないから」という理由が大半であろう。だがそれでは本気で我が子の将来を考えているとは言えないと思う。本気で我が子の将来を考えるなら、小さなころから、我が子が何に興味をもち、子どもがしたいことは何かを見抜いてあげること。親が、我が子の期待に応えずして、誰が我が子の期待に応えてくれるのだろう。気づいてあげてほしい……。 | |
8月19日 ガッツがある子どもは、周りを熱くさせる! |
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| 今日、ちょっとした公園に行ったら、子どもたちのスケート・ボード大会に出くわした。どうも最終ラウンド。4人出てきて最初の一人目。この子のガッツのあること。すり鉢状になったデッキをいったりきたりして、勢い良くトップでワザを披露しるのだが、この二発目を失敗し、底まで真っ坂さま。痛そう。直ぐ立ち上がるとスタート・ラインへ。競技を始めたかと思ったらまた、二発目で失敗。またまたスタート・ラインへ。六回目で成功したとき、会場から拍手喝采。君のガッツにみんな熱くなってしまった。お見事! | |
8月18日 大人も子どもも、嫌いなものを好きにさせようとしたってなかなか好きにならないヨ! |
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| 大人はたてまえの術をもっている。だから、好き嫌いなく振る舞える。これが、子どもにはなかなか理解できない。なぜなら、子どもは本音で生きているため、大人の本音の部分を簡単に見抜いてしまうから。大人は食べ物の好き嫌いを無くすように、子どもたちの人間関係も好き嫌いを無くそうとするが、子どもたちは、「大人もけっこう好き嫌いをしている」ことを、ちゃーんと見ているので、大人のみなさんは十分ご注意を。 | |
8月17日 木から学ぶべきは「誰にも気づかれずに、養分を吸い上げ、自分を太くしていく姿」にある! |
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| 木は、何十年ぶりに観ると、えっ!?あの木がこんなにでかくなってる!と気づく。でも毎日、観ていたなら、そのでかさに気づかず久しぶりに観たときの<驚き!>は得られない。木は、子どもの成長と同じく、毎日観ていると成長ぶりを観られない。が、節目づつ成長を観ていると観られる。これは、自分も木と同じく、そうやって人から観られているんだ、と悟ることができる。それは人に、「いつの間に…」、という驚きを生む。 | |
8月16日 ご先祖さまの魂が還られる日を、送り盆という。送り盆のときは、ご先祖さまが草葉の陰から観ていることを信じて、手を合わせよう! |
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| 今の若い人は、目に見えない世界を信じない。もし、目にしても信じないようにしている。人の心は目に見えないはずなのに、心を見たいと思う人は、多い。若者たちは、自分が係わりがあれば信じ、なければ特に信じないのだろう。でも、これだけは信じてほしい。自分の過去は消せないことを。自分がこの世から消えても、‘けっして消せないことが在る’ことを……。 | |
8月15日 ご先祖さまが遺(のこ)してくれたこの体、一秒だって無駄にしない!この至誠を徳という。 |
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| 人生は長いようで短く、短いようで長い。つまり、セミの一生に負けぬほど、人間の一生もまた、あっという間なのである。だから、ただ、この世に空気を吸いにきただけでは、あまりにも、もったいない。人から、あの人は道草や寄り道ばかりの人生だ、と言われようが気にしないでほしい。「この道も、自分にとって無駄ではない」と思ってほしい。気がつけば、その道草や寄り道の多かった人の人生は、徳が多い。 | |
8月14日 ご先祖さまの行動には、知恵が必ず、隠れている! |
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| 盆や正月にご先祖さまのお墓や仏壇に手を合わす。その後、生きてた頃の、お爺ちゃんやお婆ちゃんの話をきく。その話の中に、たくさんの人生を生き抜く知恵が隠れている。それを子孫が仏壇の前で、「なぜ、お爺ちゃんはそんな行動をとったのだろう?」と問い掛け、子孫同士で謎をひもとく。「ははぁ〜ん、そういうことか」と、一族で納得がいく、<こたえ>を見つけたとき、まるでお爺ちゃんがそばから、「その解釈で正解じゃ」といってくれてるようだ! | |
8月13日 家族それぞれが、ご先祖さまを偲ぶ気持ちがなければ、家族が集まらないのが、お盆! |
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| お盆とは、その字の通り“皿の上で(一族の手の平の上で)、血を分け、家族となった”と書く。自分の体はご先祖さまがあったればこそ。盆に家族全員が一人もかけることなく集まり、手を合わすことが、どれほど草葉の陰で視てくれている、ご先祖さまを喜ばすことか、今は一族で語られなくなった。僕の一族は耳にタコができるほど聞いている。でもそのおかげで、家族が元気で、健康でいられている。なによりだ! | |
8月12日 子ども同士の思いやりに、駆け引きはない! |
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| ちょっと一息と思い、アイスコーヒーSサイズを頼んで空いている席に座った。横の席に小学生1、2年生の女の子同士が、仲良くファーストフードのハンバーガーやポテトを食べている。よーくみると、一つのジュースを交替で飲みあいっこしている。お互い、相手のことを思いやって、相手に渡すとき、ストローの向きを飲みやすいようにしてあげたり、ちょっと氷を足して冷たくしてあげたり、二人の思いやりには、なんの駆け引きもない。大人の場合、よほどの信頼関係がないとこうはいかない! | |
8月11日 ご先祖さまに手を合わす。ただこれだけが、不思議なご利益をくださる! |
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| 自分の体があるのは、ご先祖さまのおかげ。もし、どこかの代で途切れてしまっていたら、今のこの体は授かっていない。これに感謝し手を合わす。そして目を閉じてゆっくりお礼を謂(イ)う。不思議なことに、体中にパワーが漲る。何かとんでもない目にみえないもので包まれる。その瞬間、なんだかとても、魂(ココロ)が落ちつく。これは僕にとって、音楽やアロマ・温泉・森林浴などのリラックス効果よりも、遥かに次元のちがうご利益をいただける! | |
8月10日 心が重いも軽いも精神(ココロ)次第!。 |
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| ちょっとした、目線。ちょっとした、態度。ちょっとした、言葉。いろんなものの影をみると、精神(ココロ)は陰と捉え重く感じる。逆に、いろんなものの明かりをみると、精神(ココロ)は陽と捉え軽く感じる。これは即ち、陰陽の摂理。人の心は、常に、精神(ココロ)と魂(ココロ)を両辺に置いたり、上下に置いたりして、ほどよい位置を本能的に修めようとする。これを、永い人生を歩むとき、修行というのさ。あらためて、昔の人は凄いと思う。 | |
8月9日 私が一番!そう思うことは、決して自分勝手ではない。 |
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| 私が一番、この家族の中で家族思いだわぁ、と思うことは、決して自分勝手ではない。言うなれば、自分によってるだけ。または、自惚れているだけ。それに、自分勝手なふるまいや、自惚れていたとしても、それは決して悪いことではない。ちょっとぐらい自分に自惚れたっていいじゃないか。それに自分ぐらいは、自分は一番だと思ってあげることは、今、ポジティブな自分に自分を変えたい人には一番だと思う。 | |
8月8日 一生懸命ってさ、一生懸命を一生懸命することじゃないんだよね! |
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| 一生懸命に絵を書く!とか、一生懸命、応援する!とか、必ず、対象があるのが、一生懸命。それを、この時代、「一生懸命、何なにしなさい〜」と言われると、一生懸命に一生懸命をしようとすることが一生懸命だと思っている人がいる。本来はそう言われたら、「その道を見つめ直し、さらにその道へエネルギーを注ぐことなんだな」と捉えるべきなのだが、もったいない、一生懸命の姿をたくさんみるようになった。 | |
8月7日 たった一度の達成感が、次のチャンスへ! |
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| 子どもが伸びる要素はたくさんある。その中の一つに、達成することの喜びを知る、というのがある。子どもの時代にどんなことでもいいから、最初から最後まで、自分一人の力だけで、やり通させてあげる。遣り遂げたとき、生まれて初めての「やったぁー。やっとできた!」と感じたとき、達成感に包まれる。この達成感が、次の世界へ目を向かせ、その世界の達成感を求めることとなる。ちなみに男の子は、プラモデル や知恵の輪などは最高!僕は苦手だったけど…トホホホ。 | |
8月6日 人間は、いつも確実、正確、的確ではない! |
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| いつも確実で、そしてどの指示も正確、それでいて的確な判断ができる人などいない。これが人間のサガ。大人は、自分たちが確実な体験も、ろくすっぽしていないのに、子どもに確実を求め、指示はと言えば、大人同士で二転三転したようないいかげんな指示を、平気で子どもたちに告げておいて、正確に動かない子を叱り、子どもが的確な判断ができず、左往右往していると、優柔不断だと決めつける。これでは、子どもがのびのびした自分でものを考える力など、つくはずがない! | |
8月5日 人間はもっと、自然や生きものからの訓えを聴くべきである! |
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| 太陽・空・大地・月・星・海・木・植物・動物・魚・昆虫・鳥などの共通点は‘円’である。人間にもっと円く生きなさい、と告げているが如くである。人間の体の造りでも、大事な部分は円みを為す。頭、目の玉、心臓など。大自然が語りかけるのは、我々の大地は円く、その円いところから、円い太陽が上がり、円い空を円を描くように鳥が舞い、円い海に太陽が沈むと円い月が円い星々と輝きだす。人間よ、おまえたちだけだ、円くないのは……と。 | |
8月4日 親の思いやりは、見えないように! |
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| 年ごろの娘とそのお母さんの会話が聞こえてきた。母が「あんたのためを思っていってるの!」。状況は母と娘で、どうも娘のフィアンセのためのプレゼントをいっしょに探しにきて、もめてしまったようだ。母は一心に、娘の幸せを望んでの言葉がならぶ。娘の方は、そんな母の思いなどつゆもしらず、彼氏への大事な贈り物を‘私の意志’が入ったもので、と思っている。親の思いやりは、心にしまっておくのが意気ってもんです!きっと解る日がきますから。 | |
8月3日 文明や科学が進歩すればするほど、人間の能力が退化する。 |
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| 日々、文明や科学が進歩している。それは人間にとって、楽になるためのモノでもある。おかげで便利なモノが世の中に出てくる。携帯電話、パソコン、車(乗り物)、電化製品、医療器具などあげればきりがない。これらのモノで、人間の能力を引き替えに退化したものは、歩く、聞く、書く、家事、本来の寿命で死ねないこと、察することなどは、100年前の日本人よりはるかに退化した。気をつけないと、これからますますいろんな能力が退化するだろう! | |
8月2日 キリキズ、スリキズの多い子はキズで痛い思いをした分、要領を覚える。 |
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| 昔の家族は兄弟が多かった。兄弟が多いと、どの子も要領がよくなる。それも、社会に出てから必要なことばかり!兄弟の中で揉まれながら、培われていった。たが今は、その要領を家でなかなか培うことができなくなった。今の子は、ちゃんと家でなくとも、子ども社会の中で培っている。子どもは、大人がしてはいけないということに手をだして、要領を身につけている。「これに手を出せばこういう痛い思いをするのか!」と。その証しがキリキズ。 | |
8月1日 日本一の山を制覇するのは気持ちイイ! |
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| 自分の足で誰の救けもなく、一歩一歩上へ上へ登っていく様は、人生も同じだと思った。上を目指すためには、楽な一歩など、たった一度だってない。気を抜けばすべって転ぶ。山頂まで行ったら、浅間大社にお参りして引き返す。降り、これもまた一人。イメージは、老いとともに最期へ着地するまで、降りは降りで一歩だって気が抜けない。イイ終わり方をするためには、ムダな一歩など何一つないのだ。それが人生という大きな山を制覇する訓えのような気がする! |
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