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| 5月31日 謙虚なことは優れた人任せればいい。謙虚になれない人は実直でいこう! |
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| 謙虚になることはとてもいいことだと思う。でも謙虚になりすぎると、せっかくの自分のいい部分が活かせなくなる。謙虚になることとは、それほどにバランスが難しく、優れた人でないとなかなかものにできない。ちょっと、意見を述べるにも、そのときのタイミングを謝れば、ずうずうしい奴と言われ、上手くいけば、控えめに述べるあの謙虚さがいいと言われる。僕には無理!自分らしく実直にいこうと思う。 | |
5月30日 相手の目を見続けて話せられる自分が自信をつける! |
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| 今、多くの中学生は、相手の目を見てきちっと話せない。当然、先生やPTAで、なぜ?を話し合うことになる。僕が出会う保育園、幼稚園の子どもたちはどの子どももしっかり目を合わせてくる。その目はサイコー!である。小学校6年の間に、目を合わせて話せられなくなってしまう何らかの原因があるということ。目を見て話せられないと社会に出てから困るのは本人なのに…。結論!目を合わせていられる量と自信の量は比例する。 | |
5月29日 楽しい人生を送りたいと思っている人は多い!でも、実際は少ない! |
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| なぜ楽しいことを送っている人といない人がいるか。応えは簡単!自分が‘本気’で送りたいと思うか思わないかである。大半の人はこんなとこだろう。‘そんな楽しい人生なんかあるはずがない…’と。たのしさとは、楽しさ、愉しさ、娯しさの三種類がある。この世の中には実際、楽しい人生を送っている人がいる。その人曰く‘いつも本気で楽しい人生を送りたいと思ってるの。当然、毎日たのしいネ’と。ナイス! | |
5月28日 将来に希望をもち続けた者が、人生を奏でる! |
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| 自分で自分の将来に絶望することほど悲しいことはない。絶望とはその字が示す通り、‘望みを絶ってしまう’ことを言う。調子が良いときだけ、望みを持ち、ちょっと調子が悪くなくなっただけで、望みを絶ってしまうなんて、本当にもったいない。望みが叶うことは、希(マレ)かもしれないから、諦めてしまうのか、希(ノゾ)みを望んで叶うまで諦めないか、どっちを選べば、たった一度の人生を奏でられるかは判るはず! ファイトー、オゥッ☆ | |
5月27日 毎日、毎日、すべて変化する! |
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| 太陽は必ず毎日昇り沈む。だが、本当は少しづつ昇る位置を変え、沈む位置も変わっている。人間も、太陽のように同じようにみえるだけで昨日の自分と、今日の自分では少しづつ必ず変わっている。つまり、地球が産んだものは、すべて動きがあり、変化する。自分が何もしていなくても、自分の気づかぬところで、躰の中で変化を繰り返し、一秒づつ、確実に老いへの変化をしている。その変化の中に‘心’は棲んでいる。 | |
5月26日 自分自身も、我が子も思い通りにいかないのさ! |
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| 自分で「今度こそ、もうぜったい深酒はしないぞ!」と堅く誓っても、なかなか思い通りにいかない。たばこ、博打、ダイエットなど、他にもたくさん決めたのに、なかなか辞められない。大人になった今でさえ、自分自身で決めたことであっても、なかなか思い通りにいかないのに、我が子だけ、言うことを聞かそうったって、そうはいかない。こんなときは言って聞かすより、行って効かすのが一番。つまり、親の善意なる背中姿を行いで魅せるのさ。 | |
5月25日 一日に一つは善いことがある! |
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| 人間には心がある。当たり前なのに‘常に意識’している人はいない。‘常に!’心で出来事を感じようとすれば、善い事が見える。自分にとって善くない事でも、人から見れば善い事になる場合、自分の中に‘善い事’と思える自分がいないだけである。だったら、善い事と思える自分の心を一つづつ、宿していけばよい。一つ、一つ、寝る前に善い事がなかったか点検すれば、きっと見つかるはずである。 | |
5月24日 よくやった!と、よくやるよ! |
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| 僕は一年に一度、日本一の富士山に登り、日本の全ての神社の頂点に建つ、日本一旧い神社、伊勢神宮まで、42.195km差し引いた地点から‘お伊勢さん参り’をする。この話をすると、よくやるよーって言われる。いっしょにどう?って誘うと大抵の人に遠慮される。ゴールで迎えてくれた人からは、よくやったぁと言われる。来年、いっしょにどう?って誘うとこれまた、遠慮される。んー、だれでも動けば言われる側の人になるのになぁ。 | |
5月23日 腹の底から笑うことがあれば、100の苦が飛ぶ! |
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| 仕事上の悩み、家族の悩み、自分の悩みなど、欲に比例するように、悩みも尽きない。それを‘笑い’はいっぺんに吹き飛ばす。凄い威力だと思う。忘れようとしてもなかなか忘れることができず、心が沈んでいたにも関わらず、ひょんなことが目に飛び込み、大爆笑してしまう。笑い終えて、ふと、さっきまで、何を悩んでいたのか思いだし、ああそうだあの件だ、とまた悩みのサイクルに、わざわざ自分で心をもどす。せっかく吹き飛んだのに! | |
5月22日 家族のありがたさ感じて、初めて親を視る! |
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| 人生があるのは、親のおかげ。僕がこう偉そうに云えるようになったのも、まだ最近。昔、親父とそうとう衝突した。つい最近まで、親父の真意が判らず、反抗ばかりしていた。それが、ある人から「親の心内をちゃんと視なさい!」と言われた。母屋に帰って親に旅先での報告をチラッとしたとき、すでに旅先の事を知っていたので驚いた。ということは、僕の親は見ていないようで見ていてくれていたことを、初めて‘視た’のである。 | |
5月21日 どんなことでも、自分が選ぶこと! |
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| なーんとなく物事を選ぶと、なーんとなくの結果が待っているし、きちんと最初から物事を選ぶと、きちんとした結果が当然待っている。うそだぁーと思う人の多くはたぶん、最初はきちんと選んだと思う。だが、2段3段と結果までのすべてをきちんと選びつづけましたか?と問えば否であろう。最初、選んだだけで安心してしまうとなんにもならないのである。つまり、選びつづけるだけの勇気が必要なのさ。 | |
5月20日 成長するためには適宜な栄養が必要! |
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| 草や木、動物と人間は栄養を摂る点で共通する。しかし、草や木は肉は喰わないし、動物と人間は腐葉土は栄養にならない。これと同じで人も、それぞれ自分に必要な栄養が何かをしらねば、成長しない。まして、精神の成長となる栄養レベルとなれば何を見て、何を聞くか自分が興味のないものは、なかなか心の栄養とはならない。自分で何が心地よいかわからず栄養を摂っても、成長はしないのである。一人一人、人間ほど栄養が違う生きものはいない! | |
5月19日 ゆっくり正確に諸事にあたるには寝不足ぐらいがちょうどいい! |
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| 夜、蒸し暑くてなかなか寝つけなかったため寝不足の朝を向かえたとする。自分に「今日は寝不足だから、すべての諸事は、ゆっくり丁寧、そして正確にあたろう」と言い聞かす。今日、驚いたことに生まれて初めて、全ての諸事が、その通りにできた。けだるいような、ぼぅーっとしているようなのに、全てにおいて、注意深く集中力があり、いやに正確にできてしまった。貴重な体験だった。みなさんもお試しあれ! | |
5月18日 人から笑われる人生がちょうどいい! |
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| 人生、気楽にいこうよ!って言ったって、今の世の中、子どもからおじいちゃん、おばあちゃんまで、みんな時間に追われてる。そこで、ちょっと違う角度から生きてみよう。時間に追われる要素には、人に笑われないように行動する、というものが含まれる。でも、もし、笑われたっていいじゃないか、と自分に言い聞かせることができたなら、随分、気楽になると思う。少しだけかっこつけて、あとは人から笑われる。それでいいんじゃないかな! | |
5月17日 樹齢3000の大杉はただじっと、そこに在るのではない! |
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| ひょんなことから日本一の大杉を拝めた。大杉が目の前に広がったとき、善く来たぁ!と心耳した。ほんとにびっくりした。大杉の周りを路がつくってあり、巡った。そのとき、樹仙から訓えをもらった。「ただじっとするのには智恵がいる。姿が人から見える部分はお陽さまに真っすぐのび、人から見えぬ部分は水を嗅ぎわけ続けねば自らが命を絶つ。これを上静下動(ジョシゲンドウ)と云う!おまえもわしのように心得よ」と。 | |
5月16日 その土地その土地の人々にふれることは100冊の実用書に匹敵する! |
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| たった一人と語りあえるだけでも、一冊の小説を読んだような、気持ちにさせられる方がいる。まして、その土地で生まれ、その土地で育ち、その土地で生活し、培われた知恵を聞くことは読まなくてもよい最高の実用書である。もっと良いことは、たった一度聞いただけなのに、忘れることのできない話ばかりなのがいい。実用書は専門用語があったりするとなかなか、これを実践できないが、土地っ子との出会いは実となる! | |
5月15日 人が人を呼ぶと思っていたら実は、刺激が人から人へ伝わることをまた、子どもたちに教わった! |
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| 子どもたちの笑顔が子どもたちの親を刺激し、あるお母さんから声をかけられ、「絵本を今日から、私もへたでもいいから、読んであげたいと思います。」 と言われ、足もとにいた男の子がぼそっと、「そうそぅ!!!!!」。お母さんと目が合い大爆笑!これは実話。子どもたちは、いつも大人がいつ気がつくのか、じっと待ってくれているにちがいない。 | |
5月14日 他にすることがない。他にすることがいっぱいある。どっちもたいへん! |
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| ひまな人、めちゃくちゃ忙しい人の常套文句。まだ見識が浅いとき、一人のおじいちゃんに、こう言われた。「ひまなように見えるだけで、内面は激しく動いとる。また逆に忙しそうに見えるようじゃが、内面は悲鳴をあげとるもんよ」と。同じ人間がその局面の判断の違いで、まったく反対のセリフに突き当たる人生を歩んだにちがいない。どちらも、そのセリフを吐くたいへんさを、抱えているとこが人間の妙! | |
5月13日 水面に写つる顔に大差なし。 |
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| 昔、鏡がごく一部の高貴な人たちにしか、まだ手に入らなかった頃、庶民は水面に写る自分の顔が、お多福の仮面のように、おもしろい顔に見えたため、自分で自分のことを卑下的に思っていた。そのため、水面を鏡とするより、人を鏡とし、我が身を少しでも良くみてもらおうと、一生懸命だった。ほんとうは、水に写る人間の顔は、どれも楽しさに満ち溢れているのだから、せめて日々の辛さを笑い飛ばし水に流しなさいと、捉えるべきだったのに! | |
5月12日 子どもたちは大人のどこが愚かなのか、ちゃんとしっている。 |
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| 子どもが大人のどこを愚かと見ているか、一例を挙げると、本音を言わないのは自分のせいなのに、後で苦しんで人のせいにするところ。これは典型的な代表例!子どもたちは、大人のどこが都合がいいかちゃんと知った上で大人の言う通り、言うことを聞いている。僕は子どもたちに会うといつもこの恐ろしさを感じさせられる。子どもたちは、こっそり僕にだけ教えてくれるのだが……。うーん、まいった。 | |
5月11日 心の展望台に立てるのは自分だけ。 |
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| 目をとじて、今日一日の自分の行動や気持ちを振り返ってみる。余裕があれば一週間、一年間、十年間と振り返ってみてもよい。振り返ってみて、やりのこしたものはないか、ほったらかしにしたまま忘れていたものはないか、あれば思い出したはず。そしたら、自分の心の展望台にたって、明日を見渡してみる。明日、一週間後、一年後、十年後!自分だけしかみえないものが観えたはず。明日からやってみてほしい。 | |
5月10日 人の努力は人からは見えない。 |
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| 自分がよく知っている人が影で努力していたと、あとでわかるときがある。そのときその人が、影で努力しているわけがないと思い込んでいるか、ハナからそんなことすら想像していないかのどちらかだろう。人の努力ほど、判りにくいものはない。受験のたびに聞いた、みんなやってないように見えて影でちゃんと勉強しているのよ、という類の努力とは質が違うのである。なぜなら、社会人になってからの努力とは、いろんなものを背負った努力だからである。 | |
5月9日 子どもっぽさをもってる大人を子どもたちはいつも探している。 |
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| 単純明解で分かりやすいでしょ。子どもたちは、自分たちと同じ雰囲気をもっている人たちを、いつも求めてる。大人の中には、自分自身、その子どもっぽい雰囲気がもれるのが嫌で、意識して出さないようにしている人がいる。これをしている人は、安心してもらしてほしい。それまでの悩みや困ったことが不思議と消えていく体験することだろう。 | |
5月8日 人間関係はシンプル・イズ・ベスト!につきる。 |
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| 会社や地区で人間関係が上手くいかず、悩んでいる人たちがいる。悩んでいるうちに、こじれにこじれ、どういう風に対すればよいか、まったくわからなくなってしまう。こんなとき、原点に返って直接、勇気をもって相手に確かめてみよう。そのままにしていても、だめなままなら、だめもとで原因を聞きにいくこと。悩みきる前に‘単純明解(シンプル・イズ・ベスト)’に行動しよう。必ず、道が開けます。もじって、単純明快。グフフ……。 | |
5月7日 誰かの期待に応える前に自分の期待に応える! |
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| 自分ができることで、まず、これがこうなったらいいなぁ、と思うことがあれば、それを何度も頭に浮かべる。そうしているうちに、その先には、いったいどんな世界が広がるのかとふと、思う日が来る。しばらくすると、そこを見てみたいと思うようになる。そうなれば自分で自分に期待する土台ができる。それから、何度も頭に浮かべたことを実際に一つづつ行なっていくことが自分の期待に応えていく、一番わかりやすい形である。 | |
5月6日 ハプニングが起ったときに最善を尽くす! |
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| 計画通りに進んでいたのに、最後の最後でハプニング!こんなとき、大事なことは、一つくさらないこと、二つあせらないこと、三つ諦めないこと。この三つを頭において迅速に行動すべし。これは、モンゴルの昔ばなしにおける訓え。2000年前から、人間にはハプニングが起こっていたから、昔ばなしの中に訓えを織り込んだ賢者がいたにちがいない。この三つの訓えを生んだ賢者の知恵はまだまだこれからのちの人間にとって必要世話になるだろう。 | |
5月5日 24時間、いっしょに居られる仲間は最高! |
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| 24時間、いっしょに居られる仲間といると最高におもしろい。みんなそれぞれの体力や前日までの体調により、眠気のサイクルが違うのだが、それを乗り越えさせられてしまうほどの楽しさなのである。そしてついに睡魔に襲われて、眠りに落ちる。しかし、躰は寝ようとしているのに、頭はしっかりと働き楽しいシーンが次々と展開するため、夢をみているのか、寝れずに耳から入る笑い声をイメージしているのかさえ区別がつかないほど、とにかく最高! | |
5月4日 物の落とし物は、また得ればよい。だが、大切な日を落としモノにしちゃあばちがあたる。 |
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| 物を無くした場合、忘れ物と落とし物がある。忘れ物は自分を責める必要がある。しかし落とし物は、自分が気づかぬうちに落ちたために、記憶をたどってもなかなか出てこない。これが物なら思い入れのこもった物でも、出てこなければ、諦めて同じ物があればまた手に入れればよいし、同じ物がなければ、近い物を得ればよい。しかし、大切な日や思い出を記憶から落とすことは必ずバチがあたる。 | |
5月3日 楽しさっていう感覚は自分が気づくか気づかないかの話。 |
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| お金つかって、ゴールデンウィークに海外にいく人たちがいる。きっと楽しいだろうと思って行く。文化の違いを感じたり、ここまで来たからハメを外して楽しんだりする。海外に行って楽しい事を探しに行かなくても、またはお金など掛けなくても、楽しいことはいくらでもある。気づいている人たちは、ひととこに集まって語り合うだけで、10時間の間に、死ぬほど笑う体験をしているのである。あー楽しかった。 | |
5月2日 もういやだ!と思っても、躰は別の動きをするのさ.。 |
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| 子どもはいいな。いやだぁーといったセリフにぴったりの態度をとる。欲しいものを目にして、だめと親に言われると、ぐずって座りこむ。頭と躰がいっしょ。ところが、大人は頭と躰は別々の動きをとるため、人が見るといいかげんに思われかねない。特に子どもたちの目には分かりにくいので、たいていの大人を、言ってることとやってることが全然違う人たち、と見ている。自分のことが分かりにくい大人はいつも苦労することになる。 | |
5月1日 何を心がけているかで顔立ちが決まる。 |
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| 人のせいにばかりしている顔立ちの人と、いつも自分のせいだと思ってしまう顔立ちの人とでは、まったくといってもいいほど違うもの。顔立ちは人相ではない。昨日までしかめっつらだった人が、今日は良いことがあったように明るい表情になる類の顔は、顔つきという。顔立ちは、別名、心立ちともいわれ、普段から心がけていなければ、顔にあらわれない。例えば、どんな人の話でもちゃんと聞こうと心がけるとする。それは日を重ね、顔に立つ! |
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