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| 11月30日 人間は気がつかないうちに、自然からたくさんの恵みをもらっている。
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我々人間は自然界の恩恵で進化したのに、人間から自然界へ何かしたかというと、何ひとつしていない。いいですか、よく考えてください。人間が生まれて6億年、ただの一度も、自然界に恩を返していないのです。これに気がつく人を智者という。智者には、自然界の恵みが不思議と集まる。
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11月29日 自分を自分が騙し続けることは、出来ない。
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都合がいいときだけ、真実をみてる自分を騙そうとするから、心の中に<騙そうとする自分>を産んでしまう。だが、<真実の自分>を騙し続けられる、そんな自分を産むことができないから、人間には‘感情’がある。つまり人間は、もともと自分自身をどうやれば大切にできるかを、本能的に識っているのである。
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11月28日 体は正直。実感の湧かないことはつまらなくて、湧くことはたのしいと感じる!
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実感のないことの多くは、想像しにくいのでつまらなくなる。逆に想像できることは実感が膨らむから楽しくなってくる。だから想像しにくい仕事ほど、実感が湧いてこないので疲れだす。だだし1パターンは一度見たり、聞いたりしただけで想像できるが、思い描くときにすでに、つまらないものとして実感がある。想像が‘すぐ’つくものも、これまた、実感として楽しくない。
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11月27日 「答えを求めたって、答えがない」という応えがあると識ること。
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答えを求めたって、いつまでたっても答えられないことがある。例えば、幸せってなに?とか。すぐ答えられる人はあまりいないと思う。だが、人生の達人は「一生かかって、あなた自身がみつけること」と応える。つまり答えを求めてきている人にあえて答えを言わない方が本当の答えである、と応えるのである。おわかり?
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11月26日 我の影を知り怖さを識る、我の闇を知り恐さを識る。
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自分の影の部分とは、みんなが盛り上がっているときに、冷静な目で邪しまな思いを描き、はっと我に還ったとき、自分が想像したことに怖れることをいう。対して、自分の闇の部分とは、自ら気がついていない、悪しき心根をいう。そこから来る行いは、自分でやっておきながら自分で制することができない。あとで我に還って、現実を目のあたりにしてぞっとする恐れのことをいう。どちらも我と識るべし。
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11月25日 一年にたった一度でいいから時間をわすれよう。
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忙しいという漢字のつくりのように心を亡くす、時間の忘れ方をいっているのではない。気の合う仲間とお茶だけで、語りあっているうちに、夜が明けてしまった、というような時間の忘れ方のことをいっているのだ。たまには語り屋になって時間を忘れて、時間がぶっとんでしまうほど熱く熱く思いのたけを体から出し尽くそう。
また違ったリフレッシュができるから…。
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11月24日 夫婦が仲睦まじいと、子どもの心が豊かになる。
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子どもはいつの時代も親の背中を見て育つ。育つ中で、子どもは親から、雰囲気を感じとることも学ぶ。この感じとる能力を延ばすためには、夫婦が協力して仲が良いことに努めること。親がそう努めているあいだに、子どもは仲の良さや、仲睦まじい雰囲気を感じとり、少しづつ心が豊かになっていく。つまり、夫婦の何でも言いあう姿をみせることで、仲の良い雰囲気を感じさせることが一番ということ。
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11月23日 自分の都合の良さを識れば、人の都合の良さがかわいく思えるでしょッ!
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人の都合の良さが目につくたびに、勝手だなぁと思う。人の都合の良いところは、こちら側から見たときのみ、‘良い’ように見えるだけであって、むこう側は、それがホントに苦手で、それに責任がかかることが、都合が‘悪い’のである。それを識れば、自分の身勝手な解釈が、自分を含めた‘都合の良さ’を感じたとき、かわいく思えるはずである。
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11月22日 ほっとする人になるには、我を見失わないこと。
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| あの人といると何故だか分からないけど、ほっとするのよね。その人は自分ができることをできる範囲で我を見失わずにやっている。ただそれだけのことが、されどそれだけのことになって、その形を相手がキャッチしていう表現が‘ほっとする人’ということになる。なかなか自分に厳しくはなれないが、もし自分に厳しく生き続けてくれる人が多くなれば、ほっとする人と呼ばれてしまう人も多くなるであろう! | |
11月21日 永いあいだ生きてきた人の一言は、心を射る。
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人生の右か左か道に迷っていると、一人のおばあさんに「迷うぐらいなら最初からやり直してきなさい」といわれた。今きた道をもどることは、自分が信じてきたすべてを否定された気分になる。もちろん、おばあさんは否定するつもりはない。おばあさんは、こういいたいのだ。今まで信じてきたものを、今、信じていないから迷ったのだ。迷うのは、どっちへいけば損をしないかと考えた証拠だろ!と。おみごと…。
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11月20日 分からないことを分からないままにしておける気持ちが解らない。
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子どもは大人にたくさんの質問をしてくる。それは、分からないことを分からないままにしておくことができないからだ。子どもたちの質問が難しいと親は平気で「自分で調べなさい」と言って我関せずを決め込んでしまう。願うならせめて、子どもといっしょに答えを見つけてあげようと、そういう姿勢を魅せることで、子どもの期待に親として応えてあげて欲しいと思う。
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11月19日 産んでくれてありがとう!と思うことが親への一番の感謝。
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道に立っているおじぞうさんに、おじいさんが、手を合わせ‘産んでくれてありがとう’と、何回か言っていた。おじいさんと、目があったので、訊いてみた。なんで何回も言うてたン?そしたら「朝、目を覚まして今日も生きているという感謝を、毎日十回言うと、心がすぅーっと落ち着いてくるンや。おまえもやってみぃ、それがほんまの親への感謝や」とニッコリして俺の肩をポンと叩いていった。不思議なことに…。
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11月18日 この期に及んでまだ待つか、と書いて期待。
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| 待ってくれてる人がいる。それは、あなたに待たせるだけの理由(ワケ)を抱いてくれてるともいえる。でもいくら待つといっても大抵は待ちくたびれて、一人、また一人と減っていく。減りきって、この期に及んでまだ待ってくれてる人がいる。これをほんとの期待という。だからたった一人でも自分に期待を寄せてくれる人がいたら、それは期待をもたせた方も期待した方もとてもすばらしいことなのである。
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11月17日 なかなかとどきそうで、とどかない。だから、人は努力する。
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後少しで手が届きそうなのにどうやっても届かない。そんなときのために努力と言う言葉がある。単純に努力すれば手が届くというわけではない。しかし、努力することをこの時点でやめてしまえば、確実に手にすることはない。言い方を変えれば、その道をあきらめたことと同じといえる。手を届かせたいと思う気持ちがどれだけ強いかが、自然に努力の量と比例する。努力は気持ちの強さが為すもの。
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11月16日 人の心に棲む鬼を退治するには一家団欒が一番。
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一週間でたった一度でいい、テレビを切って家の中を無音にしてみる。そして昔、お母さんが何をしていたか、楽しかったこと、辛かったこと、悩んだことなど、小さい頃の話をサカナに一家団欒で語りあおう。一家団欒を数多く経験した子の心には、鬼が取りつく島など或るはずがない。だって、鬼は心の暗いところを好む。裏表のない心の持ち主は、心が光っているので鬼が近くに因る事さえできないのである。
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11月15日 動物の中で自分の長短を最も識らないのは人間である。
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野性の動物たちは永い進化の過程で欠点や弱点を補ったり長所の特性をより活かすために鼻がのびたり首がのびたり足がはやかったり、爪や牙が発達したりする。弱いものは生きるために集団で身を護る。強いものは生きるためにスキをいつもうかがっている。それを思うと人間は長所・短所を生きるための能力として活かしていない。本来、人間は電気などなくても生きていける。お金や名誉もいらない。火と知恵があれば…。
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11月14日 大人が程よい早さを見せてあげる。
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大人も子どもも一日があわただしく過ぎて往く。大なり小なりの用事を、いかに早く済まるかといわんばかりに。子どもたちも、学校から帰ってくると、違うカバンをもってまた習いごとに急いで出ていく。塾、英会話、スイミング、武道など子どもも忙しい。こんな時代だからこそ、大人が、[早る気持ちはこう抑えるんだよ]っていう姿を子どもに見せておきたい。その姿は、子どもたちに、未来で役立つ程よい早さを身につけさすにちがいない。
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11月13日 顔に書いてある、とよく言われた人ほどウソのつけない人。
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喫茶店で久しぶりに聞いたなつかしい言葉。「あんたの顔にそう書いてあるわよ」って言われた人の顔を見ると、ほんと、ごまかしようのない表情の持ち主だった。子どもも大人も顔に出てしまう人は人を傷つけることがあまりないタイプが多い。顔にでない腹黒い人間は人を傷つけてもなんとも思わない。もっとも自分の欲には素直になれるらしい。あーやだやだ!
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11月12日 喜びはなぜ分かつか!それは分かてば分かつほど喜びが増えるから。
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あなたの笑顔で周りに幸が運ばれる。あなた自身はそんな大げさな、というかもしれないが、みんな自分が笑っているとき、自分の周りにどれだけ幸せな雰囲気を感じさせているか自覚がないだけなのである。喜び事も同じで人と喜びを分かち合えると喜びが永くつづき深いのである。だから、分かち合えた体験者があつまると何年も前の話でまた喜び和(アエル)えるのさ!
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11月11日 失敗して自分に負ける人は望みを失う!。失敗して自分に勝つ人は望みをつなぐ!
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あなたの身内が不幸にも不治の病にかかったとする。そんなとき心からこう願うはずである。‘どうか命だけは…’そして、難手術に望みをかける。自分に負ける患者と自分に勝つ患者。それを見守る、自分に負ける集まりの家族と自分に勝つ集まりの家族。願いと望みが合わさり、これを願望という。望みを失うか、つなぐか、は自分に勝つタイプ!普段から自分に勝っておこう!
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11月10日 想像は深思すれば正確に!創造は創見することにより確実に!
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深思(シンシ)するとは、深く優しく思いをめぐらしていくこと。この意識でよく想いだしながらこれを行なうと、ものごとを正確に見れる。また自らにも正確さを身につけられる。その正確さが正確な創造性を生み、今までにない新しい見解を沸き立たせる。沸き立たせれば沸き立たせるだけ、確実に実現へとむかわせ、最後に現実化する。これがイマジネーションからクリエイトへのしくみである。
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11月9日 気は合うまで発す。心は満たるまで発す。これを修する。
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武道にはみな通じる言葉である。修するとは修業か修行を修めきることをいう。これがなかなか修められない僕はまだまだ修行をして、気と心を合わしまたり、満たさなければならない。やれやれ。がんばります。
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11月8日 つまらない、楽しいは、心のサジ加減。
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何をしてもつまらなそうな人がいる。逆に何をしてても楽しそうな人がいる。人、ひとりひとりの心は、それぞれの顔と同じで全部ちがう。あたりまえだ、という人がいるだろうが、以外と日本人は‘顔は違えど心は一つ’と思っている人が多い。だからみんなが楽しそうにしているときつまらなそうにしている人がいると、それだけで、感じがわるいと見てしまう。本来、つまらない、楽しいは‘本人の心のあり方次第’のはず。
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11月7日 ‘人を信じたい’と‘人を信じる’の谷
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人を信じたい。そう思って人と付き合うことは、決してわるいことではない。でも、このタイプの人はたった一度、自分に嫌な思いを感じさせられると‘信じていたのに’となる。これでは気に入った人とそうでない人とを振り分けているだけになる。たが俺はあいつを‘信じる’というタイプの人は、常に進行形で信じている人なので、信じられている人が何度失敗しても最後まで信じているから、必ずその人を一人前に育ててしまう。
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11月6日 人生に困ったら、おじいさん、おばあさんに訊きにいくのがヤッパリ一番!
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今の「家族」は、たいていお父さん、お母さん、子どもが1人か2人。昔の「家族」は、おじいちゃん、おばあちゃん、お父じ、お母ん、子どもが2人から4人だった。そのため、親に訊いてもわからないことが発生すると、すぐおじいちゃん、おばあちゃんの部屋にいって訊いたものだった。必ず何かしらのこたえがもらえた。しかも知恵つきで。この知恵つきのこたえはやっぱり最高!
ありがたや。
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11月5日 思いをとどけたいなら、とどくまで!
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あの人にこの思いをとどけたい。これは純粋な思いだと思う。この純粋な思いを相手にとどけたいと思うのは、心をもつ人間として当然のあり方だと思う。それなのに、たくさんの人が純粋な思いがせっかく芽生えたのに、とどけないままあきらめてしまっている。今は携帯、メール、パソコンを使えばいくらでもとどけられるのに。こと自分の思いをストレートに相手に伝えることは歯痒いほど下手だと思う。勇気をもって思いはとどけてほしい。
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11月4日 絵本に陶酔!絵本でスッキリ!
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自分の大好きな絵本を一冊みつけてください。次に最後までゆっくり読んでください。読み終えたら一番印象に残ったページをじっくり見てください。じっくりですよ。じっくりみてたために半刻があっという間に感じたら、それを陶酔といいます。陶酔の体験をしたら、自分の心がスッキリしたことに気が点きます。頭のすみに覚えておいてください。絵本は心のリペアーまでこなしてしまうことを。しかも、何度でもスッキリさせてもらえますから。
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11月3日 いいんだよ、自信がなくても。自身があれば!
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自分に自信をもっている人には、やっぱりあこがれる。自分も自信がもてるようになりたい。だがなかなか、もてそうもない。でも大丈夫。自信をもっている人は草々いないから。しかし、いないからといって、自分に自信が手に入るわけでもない。時間がかかっても、自信を手に入れるためには、けっして自分自身を見失わないこと。自分が自分の身を見失えば、自分を信じられなくなるのはあたりまえ。自信は自身があってこそなのさ!
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11月2日 何ごとも疑心をもてば暗鬼しかうまれないのさ! |
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懐疑心、猜疑心、噂疑心。この三つを三大暗鬼という。人の話をすべて、疑いをもって聞いていると、己の心の暗いところが生まれ、そこに鬼が棲むようになる。騙す人間にはなりたくないが、騙されまいと警戒心を強めすぎて、人を何でもかんでも疑うようになってしまうのも、芳しくない。そうならないように、心のどこかに、「いいじゃないか、騙されたって。騙すよりはましさぁ」と、ゆとりをもっておこう。
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11月1日 非・被・否・比・日、これ五祕の利なり! |
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非は乱すもの。被は破るもの。 否は否めないもの。比は比べるもの。日は新ためるもの。この五つの[ひ]を五祕という。それぞれの[ひ]の特性を理解すれば、人生の利となる。まず、人が成るとき、兆しとして生活の乱れ(非日常)が生じる。次に乱れを意志により打ち破り、否めないものが何かを見定め、今まで自分に何が足らなかったのかを拾いだし、さらに見比べ善い方を、日を新たに、自らに活かす。これを‘五祕の利’という!
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